「彼」と、俺と、それからと、これから。
時の流れは少しづつだが確実に、如何なる出来事も過去へと追いやりつつ影を薄めて、やがては当人と伴にこの世から消し去る。
時が経てば文字や言葉にしたところで「ソレ」は「ソレ」でしかなく、「ソレ」に伴うなんやかやも曖昧になってしまう。
それではこの世に起きる事象の全ては、まるで意味の無い事なのか? って彼は言うけれども、そうであるかも知れないな。
大体が、この世に真実なるものが存在するのか、しないのか?
仮にあったとしても、結局どう立ち回るかで物事の様相は大きく変わってしまう。
あの時、どういった選択がベストであったのかは、今になっても分からない。
「覆水、盆にかえらず」考えるだけ無駄なのかも知れない。
しかし、彼は考えた。出来るかぎり考えた。
分からない奴には、その考えると云う事の重みなど理解出来ぬだろう。
兎に角、彼は明けても暮れても考えた。そして、彼が考え悩む間も、時は悠々と流れていった。
その流れが更に彼の考えを急流や寒流、または清流へと変えていった。
そうして終に彼なりの「落とし所」へと行き着いた。
こう書いてしまうと、簡単に辿り着いたかの様に思えるかも知れないが、片手程の年令を数えた。
その間に体を壊し、秘密の職にも従事して苦い汗をしこたま流した。
俺が事の顛末を彼から聞いたのは、全ての片がついてからだった。
その「落とし所」はこれ以上は無いと云う位に完璧であった。
おいそれと他人が真似出来ぬ程に完全だった。
そして失礼ながらも俺は、そこまで彼が深く考えを巡らせていた事に驚き、ちょっぴり感動した。
「気持ち」なんてものは生半可な事ぢゃ形にならない。
未来をつくるのは「心意気」しかない!
あくまでも個人史なので詳細は省きますが、まだまだ「心意気」のある奴は存在します。
「あんた、男のどこら辺?」――矢沢 永吉
終わり