なんだか、自ら放棄すると云うのは簡単なのだが、止むを得ず放棄しなくてはならないと云う時は、簡単過ぎる故に脱力感に囚われる為、湯呑みを右から左へ動かすのもしんどい。
なるほど、いわゆる「2.0」は至る所に入り口が有り、出口は無限に近い。
ブラックホールだな。
その不思議に今日また一つ近づいたのだが、同時に馬鹿馬鹿しくも思えてくる。
なぜって、本来はどう云った形であれば正常であるのかなんて、誰にも分からないところまで空白が塗り潰されている様な気がするからだ。
つまり、2.0が0.5に戻る事など無い訳で、南極の氷は首都高の渋滞に土俵際まで詰め寄られてるし、昼間に日本が誇る液晶ワイドが映し出すのは最先端の芸能ニュースであるしで、こうなればいっその事「踊らにゃ損々〜」と浮かれて放棄するかと汗を流して、
流して……
無理だと気付く。
無理です。
では、いっその事、今目の前の一切を放棄するかと云えば、
これも、また無理。
その結果が、出来るだけ叩いてみると云うアナログな結論に至ると云った訳です。
しかし、それはアホみたいな行為ではあるのだがね。
だがなぜか、不思議と確信はあるんですよ。
なぜでしょうね?
HEY! Mr!! 握り飯はしっかりと握ってくれ!(お前の事だぜ)
コンビニのおにぎりみたいに、食べている内に崩れてしまうのは最早握り飯ぢゃないぜ!
スタイルなんかおしゃれぢゃなくて良い!
米粒が、米粒がほどよく抱き合ってる握り飯が食いたいのさ。
だけど、Mr。 それは外見の話だぜ!
米粒全体が抱き合っていたら、それはきっと餅だからな。
いや、団子かな?
俺がこのおにぎりと云うものの握り加減に気が付いたのは、ミドル・ティーンの頃なのさ。
なんせ握り飯と云うものは1.簡単に作れる 2.片手で食べれる 3.弁当箱が要らない(故に帰りは荷物が減る) 4.二、三個でそれなりの満腹感を得られる。
と、まぁ、利点だらけのいわば弁当界のKing of kingだからな。
とかく弁当持ちの行事があれば握って、握って、握っていた訳よ。
ところがある日、端と気が付いたわけだな。
なんか俺のおにぎりは根性が無い。
一口噛りつくと、たちまち両手を使わなけりゃならなくなる程に崩れてしまう。
そんでもって、食べている内に米粒がポロポロとこぼれてゆく。
なぜだ?
なぜに俺のおにぎりは、オフクロや婆さんの作ってくれたおにぎりと違うのだ!
「ちゃんと握ってないからだよ」
うむ。その時まで握り飯があんなにしっかりと握るものだとは、まったく知らなかったぜ!
いまや、ついぞしっかりと握ったおにぎりを食べる機会もなくなったが、もしや、今時は手で握るものではなくなったのか?
おにぎりは握ってくれ!
――何年か前の秋の事、知り合い3人と1台の車に同乗して、青森県十和田まで出向いた時の事である。
夜の10時に出発して、東北自動車道をひたすら北へ、北へと向かう4人。
出発時に満タンで出たものの、余りの長距離に燃料計は簡単にEゲージをさす。
そして空も白んできた頃には、2度目のEゲージ。
運転していたNは、この先のS.Aで給油するつもりだと言う。……が、しかし、辿り着いたS.Aには便所しか無い!
こうなれば次のインターで一度高速を下りて、ガソリンスタンドを探す他あるまい。目指す十和田は、まだまだ先なのだ。
ところが、一般道に下りてガソリンスタンドを見つけたものの、朝の6時では営業などしておらず、かといって他の店を探り当てる程の燃料も残ってはいない。仕方が無いので誰か店の人が来るまで、そこで待つ事にした。
運転手Nが良い機会とばかりに仮眠を取り出したので、残りの3人で見知らぬ街を散策する。
心なしか小腹が減っているのだが、食料を調達出来る店など、どちらを向いても在りそうに無い。
あてもなくブラブラしていると少年が一人、サッカーボールで遊んでいた。
年の頃は小学3年生か4年生位だろう。思わず近づいて声をかけてみる。
「おい、少年。この辺にコンビニか何かないかい?」
呆気にとられる少年。俺も些か藪から棒だなと思い、ガス欠の為スタンドが営業する迄の間、足止めをくらっている旨を伝える。
「分かんないから、お母さんにきいてくる」
そう言って少年は自宅へと走っていった。
暫らくすると少年は、お母さんを連れて戻って来る。
お母さん曰く、食事をする所もコンビニも、車で20分位移動しないと無いという。
やはりスタンドが営業を始めるまで、待つしかないのだ。
我々はお母さんにお礼を言い、さて立ち去ろうとすると、さっきの少年が「ちょって待って」と追い掛けてきた。
「お母さんがオニギリ作ってくれるって!」
おそらくは朝ご飯の為に用意された、炊きたてのゴハンで握ってくれたのであろう。
そのオニギリは、遠く懐かしい美味しさだった。
ありがとう お母さん。
ありがとう タケル。
Big WomanとSaintの宴に便乗する。いや、むしろ連行されたと云うべきか……。
店の名はVenus。あぁ、この時点でDead Endな心持ちなのである。
一人はミキと名乗り、もう一人はアキナと名乗った。
ますますDeadである。どこでもこんなものだとは重々承知なのだが、そう簡単に仮面を被る事が出来ないでいるBMWは身の寄せ場を得ずに、諦めて安物のソファーに腰を下ろした。
そうだった。この場所では正体を明かす様な行為は謀反なのだ。
馬鹿になれる奴ほど賢いのだ。
全身を覆う皮膚だけが、淀む夜のウワバミを味わえば良いのさ。
どんな事情も、どんな都合も、どんな人格も、どんな人生も必要はない。
彼は一人興冷めしながらもヤケクソで店内に居座り、普段殆ど耳にする事の無い歌達から何かを盗むが如く耳を傾け続けていた。
「俺は馬鹿ではあるのだが、率先して馬鹿のフリをする様な真似は出来ないぜ!」
もっと酔う程にドロドロと淀んでゆき、周りの人間すべてがわざとらしく退化してゆく様は物悲しい。
……が、しかし、今は彼一人が波間を漂う朽ち木の様に、所在なさげに間抜けて見える。
なんにもない。
まったく、なんにもない。
それは果たしてBLUESなのであろうか?
雲助の家を訪ねる。
予定の仕事は中途半端に穴が空き、昼寝するには日差しが厳しい午後二時のモヤモヤした大気をかわすついでにと訪ねる。
雲助はちょっとしたPC野郎だから、普段殆ど触れる事の無いNetの世界を覗かせて貰おう。
「あのよぉ〜You Tubeってヤツで『オッパッピー』とか言う奴が見たいんだけどな。世界五位のアクセス数だとかって聞いたからよ」
「くだらねぇ! そんなの見ねえよ」
「いいぢゃねぇか。俺、世界第五位がどんなもんか見てみたいんだよ」
「どうせ見るならそんなもんよりMagic Samの動画があるんだぜ」
「うそーぉっ!!」
動いているMagic Samを初めて観た。
すごい! 恐るべしNet社会。しかし、ありがたやNet社会。
画面の中のSamは生き生きと演奏し歌っている。
あぁ、カッチョええ……。
動画が俺に与えた衝撃はすざまじく、精神年齢が十五歳位若返った。
味を占めた俺様は「もっと! もっと!」と雲助に催促する。すると……
Little WalterとHound Dog Taylorの共演動画が!
素晴らしく興奮する俺。しかし、同時に胃の腑の辺りに重めの異物感が残る。
その正体はある種の喪失感なんだな。
図に乗って「Elmore Jamesを……」と探してもらうと、「誰? あんた……」と云う見知らぬ人が沢山出てくる。
そうか……Elmoreの動く姿は拝めないのか。仕方がないな。
いやいやいや、しかしだな、自分でPCなんかを手に入れて使う日が来たら大変だな、きっと。
一日中向き合って離れないかもなぁ。恐るべし2.0だ。
最終的に雲助は「オッパッピー」の動画を見せてくれたのだが、Magic SamなどBLUES MAN達を観た後では、くだらない、どうでもいい水で薄めた牛乳みたいなモンだった。
我が母上は兄弟姉妹が多く、ざっと七人の伯父伯母がいる。
十人十色とは良く言ったもので、みんながみんな少しづつ似ていて全然違う人格である。
ガキの頃に「……なんでだろ?」と思う様な伯父伯母のエピソードが多々あり、今になって「あぁ、そういう事だったのか……」って理解出来る様になった。
ある日、次男にあたる伯父が我が家を訪ねて三、四日泊まっていった事があった。
俺は自作のオリジナル漫画を読ませた記憶があるから、十才位の時だろう。
伯父はその頃、板前稼業を何処かで営んでいたのだと思う。
子供ながらに伯父が板前だったのは知っていたが、何処で、どんな生活をしていたのかは、俺が知る由などあるはずがない。
なんせオリジナル漫画を読ませちゃう位に、大人の事情の空気を察しないアホなガキですから。
今思えば、あの時伯父はなにがしかの事情があってお袋に会いに来たのだろう。
そんな気がする。
いや、一泊二日で帰ったのなら久しぶりに顔を見せに来たとも思えるが、寅さんぢゃあるまいし腰を据えて滞在しませんよ、定職を持つ身ならばね。
別に迷惑だったとか、そう云った話ではなくて「……あぁ、そうか……」と今更ながらに感づいたまでだが……。
お袋は当時看護婦で、夜、家に居ない事もしばしばあった。
親父は毎晩帰宅するのが深夜で、つまり夜ご飯は結構やっつけで済ます日も儘有り、いや……まてよ? 下のチビ達は学校に上がってなかったから、お袋はまだ夜勤に出てなかったかな?
兎に角、その日の夜はお袋が家におらず、伯父が晩ご飯を作ってくれたのだ。
ラーメン丼に盛られたきんぴら牛蒡が二杯。
片方の丼は子供向け。もう片方の丼は、鷹の爪がたっぷりと混ぜ込んである大人向けだ。
俺は未だにあの日のきんぴらを超えたきんぴらに遭遇した事が無い。
しかし、今だにきんぴらを口に運ぶと、あの日のきんぴらをふと思い出すのだった。
辛〜くて辛〜くて、けど箸を出さずにはいられない美味さ抜群のきんぴら牛蒡。
親父とお袋はつい今しがた帰ってきた。
こんな時、時間が消し去るものや奪いとるものとか、決して忘れない些細な記憶の不思議を思う。
もう食べられないきんぴらの忘れない記憶。

今年の夏休みは二匹の子猫に始まり、マックィーンの「ゲッタウェイ」で終わった。
俺は散髪をして、久しぶりのブルースが4.0に体当たりでぶつかるのを楽しみ、ベトナム料理の頼み方を横目で伺う。
逗子海岸で塩水をたらふく飲んで、イメージのグリーンカレーで腹一杯。
鰻は定休日で、天せいろは贅沢に美味い。
かと思えばガチョウの叫びにおののき、夕暮れまでギターをガチャガチャ鳴らす。
起き抜けの特急券。
人気の無い駅の真夏日。
朝顔は何時だって涼しげ。
一駅だけグリーン席で逆戻りしたら、浜風は爽やか。
行き交う突飛な会話と、何処でもマイペースなのは猫達。
汗だくで登って、登って、登って、アゲハとか、かま蛇とか、観音様とか、スパイダーネット!
クイズに答えて大トロを食べよう!
キハダ、メバチ、クロ、ミナミ、ビンチョウ。
シャガール「夜のコンサート」で青の深さにうっとりとし、気味の悪い浴衣姿の群れに背を向けてスティーブ・マックィーンは文句無しにカッコ良い!
勝手にしやがる俺の「こゝろ」と「ゲッタウェイ」と「緑炎の彼方」にSYNCHRONICITY。
毎日、太陽がいっぱい。
今夜、猫達はいなくなった。

海は広いぞ、大きいぞ!
世界地図で理解する程に世界は狭くは無いんだな。
頑張って半日かけて歩いてみたって、標高四百米にもみたない小山を登り降りするのが精一杯だもの。
あの水平線の彼方に大陸があるのだろうが、その手前にギラギラと輝く海は、おいそれと越えて行けるシロモノぢゃぁー、ありませんよ。
俺は田舎駅のホームや、山の梺、崖の上、海の上と自分自身を移動させながら、もう何県とか何人とか何月何日とかの関係性を感じなくなり、夏の空の下で真っ赤な顔をして、飛び交う鴎の風を斬る姿に見入りながら、肌に染み込んだ熱の為に今夜はとても眠れそうもないのだった。
まいったなぁ……。
昨夜は大分遅くまで猫の鳴き声が聞こえてくるなと不思議に思ったんだが、野良猫が近所に全くいない訳でもないし、珍しく我が家の周りをウロついて鳴いてる奴がいるのだなと、余り気にも止めずに寝たのだった。
……が、しかし、今朝出勤する際に燃えるゴミを出す為、家の周りでモタモタしていると縁の下で二匹の子猫が俺を見てるぢゃないか!
「えぇーっ! おまえらだったのか、昨夜の声は……」
よく見ると、目は開いているが生後一ヵ月は経っていないであろう茶虎と雉虎。
子猫ゆえに猫特有のしなやかさはまだなく、ポテっと丸みを帯びた体は手の平にのりそうだ。
なんせ突然子猫が二匹も目の前に現われたもんだから、俺は呆然と見入ってしまう始末。
すると、彼らは既になにがしかの経験を経てきたらしく、一人前にこちらを威嚇しているぢゃないか!
「フーッ! フーッ! ガッ!」と必死の形相で精一杯頑張っているが、如何せん子猫だもの、全然恐くありません。
むしろ、かわいいぢゃねぇか。
「まいったなぁ……」
俺はゴミを出すのも、仕事へ行くのも一先ず脇に置き、彼らを一体どうしたものかと考える。
おそらくは捨て猫だろう。此処で生きてゆくのか、くたばるのか……幸い大きさ的に乳離れはしてそうだ。
さて、彼らははたして、母猫に糧を得る技を教わってから連れ出されたのだろうか?
ひとまず両親には黙っておく。
あまり良くはないのだけれど、急場凌ぎで牛乳を少しだけ器に入れ縁の下に置いて仕事へでる。
どうすんだ、俺。
アーティストって何?
自称するもの?
他薦されるもの?
そんで、ぢゃぁ、アートって何?
唯物論だったり、
精神論だったり、
アルトーだったり、サルトルだったり……
まぁ、色々とあって、いくらかは分かるけんども、
「アーティスト」って言葉が足を生やして、必死に弁明をしてるんだけど、
……
やめちゃえば、
アーティストなんか!
と思います。
「自由になりたくないかい?」と歌った彼は、そんなに不自由だったの?
「自由って一体なんだい?」と歌った彼は、土方でもやってみたら良かったのに。
ピカソが彼女の姿を描きながら、その彼女への想いも塗り込めたくて、その時彼女と滞在していた海の砂を絵具に混ぜて描いた話があるけど、
それって、やっぱアーティストなのか?
いや〜ただの「愛」だよな!
青臭いのは百も承知だが、
「好き」って動機だけで十分でしょう。
卓上のJohn兄貴がそう言っています。
「暑い、暑い」と言っている内に夏は終わってしまうんだよなぁ。
だから徹底的に「暑い、暑い」と言ってやる。
そいつが俺の夏讃歌。
冷夏だったりした夏は「暑い、暑い」と十分に言わない内に秋が来ちまうから、一年365日が320日位しかなかった気になるものな。
毎日、午前十時位には「湯槽に浸かってさっぱりしたいぜ!」って思いながら「暑い、暑い」と全身に夏を浴びて、ほれ、気がつきゃ微かに虫の音聞きながらTOM WAITSを流して良い感ぢ。
明日もどうせ夏なんだ!
明後日もどうせ夏なのさ!
――今日は、中学時代の先輩に偶然にも行き逢う。
軽トラックに子供二人を連れて、買い物に来たところなんだろう。ちびっ子達はアイスを美味しそうに食べてる。
荷台にはプールバッグが載ってたから海水浴の帰りだったのかも。
俺は煙草を自販機の取り出し口から抜き出し、振り返るとコウちゃんと目が合った。
「あれ? こんばんわ!」
そこから五分の一世紀前の夏まで、俺とコウちゃんはひとっ飛びだ。
あんなに恐い先輩だったのに、優しく人当たりの良いお父さんになっていたコウちゃん。
「今はすぐそこに住んでるから、何時でも遊びにきなよ」
えぇーっ! そんなこと言う人ぢゃなかったのに……。ちびっ子達はお構いなしで「今日遊びに来て!」と狭い軽トラックの助手席で跳ねている。
坊主頭の俺は、あのCRAZY SUMMERに金属バッドで殴られたっけ……。
アツい夏だったな、色んな意味で。
コウちゃんは微妙な表情を浮かべ「昔はゴメンナサイ……」とこうべを垂れた。
はははのは。
どうって事ないよ!
おかげ様でその後の私は「ビビる」境遇に凹たれなくなりました。
明日も暑いだろう。
夏もあと僅かだなや。
残念ながら、その身に迫る難関を軽くしてやれる手立てが俺にはない。
せめて気を紛らわす程度のジョークを飛ばす位はと思うのだが、あろう事か事実を受けとめきれずにアタフタしちまって、喉が萎んじまって口元まで上がってこないや。
「少し休養をとってさ……」とは何とも……毒にも薬にもなりゃしない台詞だな。
どんな意味も持たせずに吐いた言葉は暗号みたいで、言った本人も隠した含みにそっぽを向いてしまいたい気分だ。
こんなにも、どうにもならない夜に、お前は何かを見出だすだろうか?
別に「死にたい」なんて願望は胸の内の何処を探してみても見当たらないけれど、明日、突然ポックリくたばっても構やしねぇよ。
ただね、
にっこり笑っていたいのね。
そう云う事だろ?
目が醒めちまった。
何時に寝たのかも分からない。夕食が八時位だったのは憶えている。その後に軽く書き物をしていて……寝ちまったんだな。
えらく早い勢いで雲が流れてる。
南から北へ。
あぁ、台風が何処かに居るんだっけか。
まるですっかり真夜中なのに、俺の体には日中の匂いが残っている。
ふ〜〜〜ん。
次から次へと幾らでも雲は流れてゆく。
大きくて厚い層の雲の塊が月を隠すと、夜が夜になっちまって、そこで初めて松虫かなんかの虫の音に気がついた。
月灯りの中ぢゃ、部屋の隅の方ははっきり見えず、わざとらしく暗さが淀んでいて何処か別の世界に繋がっている様だ。
いや、とっくのとうに此処は別の世界だったかな?
夜、夜、夜で、雲、雲、雲ばかり。
もう何時間かすれば朝が来て、夏の太陽に焦がされながら仕事をするはずだが……てんでピンとこない。
徹底的に頭の中は、今、今、今で、夜、夜、夜で、雲、雲、雲の月灯りと、部屋の隅の暗がり。
俺には勿体ない程に静穏で、静観な、今、今、今で、夜、夜、夜。
微かに耳元へ届く位の音量で、あの十字路で取引した奴らの訴えを聴く。
相対性理論ぢゃなんぢゃのロジックなんか無関係の異空間。
その夜の部屋の片隅に、俺が一番よく知っている俺が、久方ぶりに手を差し出した。
「そろそろ出かける時間だぞ」
――AM 2:54 俺と俺