ごく身近な問題として仮に、昼食で食べた中華屋の肉団子がお口に合わなかったとする。
この場合の中華屋と云うのが、例えば「〇〇軒」的な商店街に混在する小さなラーメン屋だとしても、だいたい肉団子といえば五目うま煮の次位に高価メニューであろうから、ならば次回は肉団子を注文するのは止めようって事になる。
切実ですよ。月から土まで働くと六回訪れる昼食で、奮発した高価昼食がハズレだったら……想像しただけでガッカリしますな。
なぜ、自分は肉団子など注文したのだろうと後悔する事しきりで、「金、返せ!」と胸の内で叫びながら二度と暖簾をくぐるまいと誓うでしょう。
ところが、コレが他人の奢りで頂いた場合はと云うと、「ま、いいか」で済んでしまうかも知れません。
千円から千二百円のお金を、自分の懐から出すとなれば痛みも分かり易いですが、他人様であるなら笑えてしまうのかも。
別段、中華屋のおやじが「肉団子にしろ!」と強制した訳ではないので、ある一つの選択肢のミスで終わりですがね。
ただ、考えてみると何故こうも不味い肉団子をメニューに加えているのか? と疑問が浮かぶ訳です。
ラーメン屋だと割り切って、せいぜいラーメンと餃子と炒飯位のラインアップで商売すれば良いのに! と大きなお世話を焼きたくなります。
すっかり乗り遅れておりますが、選挙が終わり「なるほど」な結果に。
逆転劇が起きたところで何も変わらないと云う意見もありましょうが、認識すると云う行為がまずは大切だと思うのです。
明日、明後日の話ではなく、十年後か、二十年後か、そのもっと向こうかへむけて布石を打つといった風に、戦争を知らない子供達も、戦争を知ってる大人達も、変えなくてはならないものを変えるんだってつもりで、選挙の度にひっくり返して、ひっくり返してしたら……でも、それぢゃ内政が不安定かな……?
しかし、それでも逆転した方も、逆転された方も、今までよりは慎重に駒を進めてゆくだろうし、俺は信じたいっす!
こう、なんと云いますか、日々の食生活の中で非常に奇妙な現象に見舞われている事に改めて気付いた。
例えば、食卓に並ぶ小皿の一つに真っ赤なトマトが切り分けてある。
ひょいと箸を伸ばして口に運ぶと、初夏の太陽でほんのり甘く熟した季節の味に、舌鼓をうちながらペロリと平らげてしまう。
すると、次の日も、また次の日も、またまた次の日も延々と食卓にトマトが並ぶ。
ある日、ふと思いたち「毎日トマトが……」と呟くと、母親曰く
「あんた、毎日全部食べちゃうから大好きなのかと思ってさ……」
あぁ、そうか。そう云う事か!
いや〜いくらなんでも毎日はねぇ……
しかし、いまだにトマトが毎日並ぶのだった。
そんな中で先日、アスパラガスが食卓に並ぶ。
これまた初夏の太陽で美味しく育ってましたよ。
あろう事か俺ときたら、またもやペロリと平らげてしまった。
案の定、翌日からアスパラガスの出現率が激高!
ははははは……。
どうなんだろ、コレ?
夏はやっぱり鰻だよね。
鰻が並んだその日の夕食は、「あっ!」と云う間に平らげてしまった。
すると、鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻鰻。
ついに今日の朝に至っては、丸々一本物の蒲焼きが並んでいる。
あの〜朝から一本物は食べれないですよ……。
ま、ソレはソレ、半身だけ頂いて半分残しました。
すると、
「今日のは美味しくなかったか……」(母)
こんな時はやっぱり「毎日だと、ちょっと……」とボヤいてしまうのだが……
すると、
「アレがやだ! コレがやだ! と我儘な男だよ、まったく!」
と、一蹴された。
あぁ、夏、真っ盛り!
じわじわ汗ばむ夏の午後
銀杏並木のその陰で
「えいやっ!」ゴロリと寝そべって
俺は口笛吹いていた
銀杏並木のその木陰
さわさわ風が吹く辺り
俺は口笛吹いていた
次から次へとメチャクチャに
流れ流れた口笛は
さわさわ風に運ばれて
からからの空に消えてゆく
ぎらぎら熱い太陽も
銀杏の木陰で透かしてみれば
なんとも、まったく良い気持ち
蟻だの蜘蛛だの七星が
俺の体を這いずり廻り
ますます俺は調子にのって
ますます盛大に吹き出した
すると四才位の女の子が
寝そべる頭の方から寄ってきて
「それ、なんのうたぁ?」
ってきいてきた
「チャーリー・パーカーだよ」
「しらなぁい。ねぇ、〇〇ちゃんのうたやってぇ」
「〇〇ちゃんが分からないや。やってみて」
「まぁちゃん、くちぶえできないの……」
「ぢゃぁ、歌ってみて」
にゃにゃにゃにゃにゃぁ〜〜♪
ぴぃーぴぃぴぃぴぃぴぃぴぃーぴぃー♪
〇〇ちゃんには申し訳ないが、
俺とまぁちゃんには適わないだろうね
日中の汗でべとつく体をベッドへ放り出したら、心地いい夜風が吹き出した。
その夜風がぴゅいと吹いたしなに花巻の夜を思い出した。
寂しげな夜だったっけ。
中島のおやじさんは、波平さん似で気の良い主人だった。
あの人気の無い寂しげな夜に出迎えてくれたのがあのおっちゃんでよかった。
ところで、花巻の町のあちこちにはフクロウのインレイが数多くあるのだが、それは宮沢賢治氏が好きな鳥だったからだそうな。
花巻へ到着したのが夜遅くであったし「あ、フクロウ」「あ、またフクロウ」と云う具合に見かけた不思議感が、寂しげな夜の町並みと相まって……なんと云うのかな、こう……う〜ん、難しいな……何処にいるのか分からないんだけど、分かったところで選べやしませんよ、みたいな荒涼感……かなぁ〜兎に角、黒も白も区別の付かない先で波平さんが待っていた愉快さが素敵なんだな。
世の中は夏休み突入だし、宮沢賢治ゆかりの地花巻市へ出向く人も多いだろうが、やはりそれでも今夜も寂しげな夜の町並みと云う風なのではと思うんだな。
フクロウだらけでね。
そんで、中島のおっちゃんは生まれたばかりのオタマジャクシみたいな笑顔で風呂場洗ったりしてんだろなぁ。
それを考えると抜群に美味しいアップルパイを食べたくなる様な楽しさに疲れが薄れてゆく。
元来、夢をよく見る方ではあるんだが、その殆どは突飛でメチャクチャな内容ゆえ正に「夢」と云った感じで、目が覚めれば全く気にもならないのだが、ここ何日かの夢共が余りにもリアルなので気味が悪い。
それはまるで、もう一人の自分がもう一つの人生を生きている様な気にさえなってくる。
この恐怖感に似た感覚をどう書き出したものか分かり兼ねるのだが、こうなってくると夢を見るのも考えものである。
俺には、ある時期まで決まって見ていた夢があって、何時も見る度に頭を傾げたものだった。
それは逃げている夢なんだけど、何故か必ず裸で逃げているのだ。
そしてそれは漠然と逃げているのではなくて、何か得体の知れない異形の者から逃げているのだな。
そして決まって螺旋階段の様な所を登ってゆくのだった。
しかし、その夢達は「夢」特有の曖昧さで細かいデェティールははっきりしておらず、その分はっきりと「夢」として消えてゆくのだ。
つまり、真っ裸で逃げていた様な気がするし、異形の者に追われていた様な気がするし、螺旋階段の様な所を登って逃げていた様な気がしたな、と思い返すだけで体験として残る事なぞ無い訳だ。
ところが……最近見ていた夢達は、五感に響く一つ一つの事象がリアル過ぎるし、不明瞭なところが無いのだ。
ちょっと嫌だなと思う。
もし、これから毎日毎晩この調子だったらどうなんだろ?
「十年で二十年分生きられます」みたいなお得な感じだろうかな。
結構、疲れる。
ボロボロでメキメキの一週間だった。
弱音を吐いて、弱音を吐いて、悲鳴を上げ、片足を引きずり、微熱に覆われ、まったく体が不自由だと気分も腐っちまうんだが、傍らでケタケタと笑わしてくれる人がいるだけで世界は反転して「明日があるぢゃん!」と思える不思議。
もう一山、あともう少し乗り越えれば、このポンコツも問題なく可動する様になるだろう。
本当に、脇で笑って見守ってくれる人がいるってのは、何よりも有り難いもんです。
そうは言っても彼は片目が不自由になっちまったと云うのに、それでも達者でやっているんだから頭が下がる。
面と向かって「人生の意味ってなんなんだ?」と聞かれ、俺はポンコツの体が余計にグラグラした。
目の前に立ちはだかる敵共を片っ端から畳んでゆくと、最後に現れたのは自分自身と云う強敵だった。
なぁ、俺達さぁ、己に打ち克たないと「人生の意味」なんて見えてこないんだぜ! きっと……。
俺の体を真っすぐにしてくれた達人は「食欲を満たす為に食べるんぢゃなく、生きる為に食べなさい」と諭した。
あの川辺りの公園で君が見付けた三毛猫、顔一杯が真っ黒で余程近寄らないと表情が読めない三毛猫は、犬の散歩で通りかかったおばちゃんの置いた餌に見向きもせずに去っていった。
鉄柵の所まで歩いてゆき、優雅に自分の足指を舐め上げて、物憂い午後の曇り空の下に浮かんでいた。
下町の赤や青や黒の江戸切り硝子が並ぶ店内で、美味いコーヒーを飲みながら、頭の中では新しい和音が響きだしたぜ。
散る桜 残る桜も 散る桜
がんじがらめな日々は続く。
なんでだろなぁ〜ちびっ子の頃は頑丈だったのに……。
あぁ……そうか、寄せる年波に連れ、ガタがきてんだな、このポンコツめ!
今年は五月位から調子にのってアイス食っちまったからなぁ。
地雷を踏んだってわけか。
こりゃぁー下手したら野良猫みたいな生活なんかしたら、すぐにドボン! かもなぁ……。
それよりなにより、あの気功整体とはなんなんだ!
「えいっ! えいっ!」と掛け声ばかり威勢がよくて、実質やってる事と云ったら念を送っているんだかなんだか知らないが、俺の背中に向かっておかしな手つきをするばかり。
二時間あまりもその調子で、挙げ句のはては「筋肉の炎症による痛みですから、湿布貼って下さい」だと!
しかも、6千円だとっ!
金、返せぇーぃ!
蟹野郎ーぅ!
あまりにも不毛だ。
これではイカン。
音楽だ! 音楽を持ってこい!
……てな感ぢでディランを聴く。手当たり次第、浴びる様に聴く。
「60年代が良い」と誰もが言う。勿論、俺もそう思う。
けど、何時の時代のディランも最高だ。
そして、俺は「INFIDELS」〜「REAL LIVE」で生気を取り戻した。
この音楽そのものと云う様な声はどうだ!
この声で歌われたら、どんな曲でも痺れてしまうだろうな。
例えば「ちーちーぱっぱ、ちーぱっぱっ……」だろうとね。
さらに、その声のコントロールは絶妙で、イカサマ気功整体師の事なぞとるに足らぬ出来事だと笑ってしまえる俺がいる。
くだらん奴はどこまでいっても、くだらん!
素晴らしい奴は何が何でも、素晴らしい!
最高だ! ボブ・ディラン!
しかし、6千円が惜しい……。
6千円あったら、とんQで黒豚の定食が三回食べれたのに……。
あなたさまは罵詈雑言と云うモノが、どれ程人の心を疲れさせるものなのかと考えてはみないのでしょうか?
昂ぶって昂ぶって、激昂する程に感情にまかせて口にした言葉が、相互理解の道を自ら閉ざしているのですよ。
世間や常識などひとまずは置いておき、俺対あなたと云う人間同士で話をしましょうよ。
あなたの、「こうして欲しいのだ! だから、こうするべきが正しいのだ!」と云う言い分だって、言い方次第では簡単な話で終わりますよ。
それをなぜ、気が滅入るような攻撃的口語で押さえつけようとするのかなぁ……。
いえいえ、あなたさまが間違っているとか、俺の言い分が正論であるとか、そう云う事ではないですよ。
なぜ、こうも何の解決策も見出だせずに疲労感がズシリと残る会話をしなければいけないのか? 不思議でなりません。
……とか、なんとか言ってみたりしながら「I'm Down」な四日目。
無駄にイライラしている。
どっかぁーん! と憂さを晴らしたいところだが、その憂さを上塗りする様な雨が失速させた。
いや、しかし、もう寝てるのにも飽きたぜ!
こう云う苦痛も中々にしんどい。
で、こんな時は諦める事だな、と肚をくくる。
なるようになれ!
そして、狂った様にページを繰る。
阿保みたいに次から次へとページを繰る。
細かい雨が閉じ込める夜に、難破船が如く文字の渦に巻かれて、窒息して沈んでゆくのだ。
でも、文字よりは声が聞きたかったな。一言だけでもよ。
台風が去っていく。
今夜もマイルスの「Kind of blue」を流す。
この連休は本来出勤する予定だったのだが、人生至る所にバンカー在りのトホホな日々を過ごさねばならぬ。
考えてみる。
もう、いなくなってしまった人の事を……。
このtenor playerの命日は俺の誕生日だったな。
考えてみる。
今、いる人の事を。
悟りは欲しかない。
謎だらけだ。
自己完結してしまわない様に正気を失ってしまうのも一つの方法だ。
三曲目「Blue In Green」で無性に寂しくなっちまった。
裏ジャケのマイルスの後ろ姿が、訳あり臭ぷんぷんで余計に寂しさ二割り増しだ。
温かい布団で眠りたい。
茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」とShelleyの「西風に寄せる歌」をほぼ同時に思い出す。
兎に角、温かい布団で眠りたい。
Cannonball AdderleyとMilesが一緒なのがヤバい。
地震だらけの一日だった。温かい布団で眠りたいよなぁ。
あっと言う間に今年も半年が過ぎ、後半戦に突入。
俺はチビの頃から七月が大好きなのである。
理由は至極単純である。
夏が好きだから!
俺、夏が好きだから!
俺、俺、俺、夏が好きすぎるにも程がある! から。
まずは夏の食べ、が最高だよ!
西瓜、メロン、もろこし、そうめん、胡瓜、トマト、茄子、アイス、冷し中華など。
あとは個人的に「夏だろっ!」と思う、水羊羹とトコロテンも欠かせないなぁ。
その全てが好き。
その他にも花火、浴衣、うちわ、扇風機、風鈴、蚊取線香、ぱんつ一丁で寝る、朝露、夕立、雷、入道雲、ノコギリクワガタ、ビーサン、海の家の不味い焼そばなど。
理想は夕方の四時半から雷を伴う夕立後、早めの入浴を済ませると心地よい風がチリリンと軒の風鈴を鳴らしてね、下着のままでそうめんをチュルルと啜るわけよ。薬味はみょうがでね。
冷え冷えのトマトに茄子のしん焼きも欲しいね。
テレビは丁度、ナイター中継が始まってるよ。
ほんでもって、夜風にのって何処からか花火のかやくの臭いがするのさ。蚊取線香の臭いに混じってね。
二階に上がると、夕立で雲はみんな流されちまってて、月だけがポッカリ浮かんでるね。
たまに耳元でプ〜ンと羽音がしてイラッとさせるけど、構わずにソニー・ロリンズかなんか聴きながら煙草吹かしたり、もろこし噛ったり、少しはギターを弾いたりしてウトウトと……。
……あぁ、最高だ。
それから七夕だな。
俺、ああいった色紙が沢山ひらひらしている画に弱いんだな。
だから、クリスマスもイベントとしちゃぁー馬鹿バカしいけど、クリスマス・トゥリーは素敵だ。
ちょっと違うけど、ちゃぐちゃぐ馬子の馬も素敵だ。
えーと、なんだっけ? あぁ、七夕だ!
七夕の唄が好きだな。
「ささのは さぁーらさら〜」ってやつ。
良い唄だなぁ。
作詞作曲は誰なんだろ?
今ぢゃすっかり織姫と彦星の物語も忘れちまったが、七夕と言えば「大麦、小麦」の時期到来ってことで、すると俺はまた一つ歳を重ねるって訳か。
「大麦、小麦」って云うのは地方行事の名称で、いわゆる豊作祈願の奇妙な子供行事なんだな。
七夕も大麦小麦も特別に何かがある行事ぢゃないけど、二つが対で夏の始まりを告げる合図みたいなもんだから、チビの頃は夏休み間近を告知された感じで気もそぞろだったな。
夏の太陽でちりちりにやかれた砂浜を、フランクフルト噛りながらブラブラしたい。
夏よ、来い!