或る驕りから始まった《Stray Cat Blues》は、継続しながら一つの型に向かい出した。
丁度、その型が見えてきたのは Baby's Blueが聖典を焼き尽くし、血液に含まれるべき物は何一つ無いと耳を塞いでしまった日から暫らく後の事。
あの夜から、もう一度『罪と罰』を再考察し、誰が自分自身を葬り、誰と誰が視線を併せて花を手向けてゆくのかと、
拳の中へ握り込んだり、手放しで宙に浮くのを眺めたりしながら第二部は始まった。
月並みだが、『一番大切なもの』ってなんだろ?
俺は、天秤に載せて値踏みするような行為を峻拒したくせに、懐の奥では量りの目方をあやふやにしてしまっていたな。
ややもすれば共存や共生には殺意や狂気にも似たある種の混乱が有り、
至極単純な事がまるで複雑であり、複雑であればある程に答えは一つしかなかったりする。
あれはミーチャが言ったんだよな?
「美――美という奴は恐ろしい怕かないもんだよ!」
「理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだ」
「人間て奴は自分の痛いことばかり話たがるもんだよ」
やはり、俺はまず自分自身に今一度鞭を入れ、『大切なもの』を見失わない為の努力に精を注ぐべきである。
その先にある第三部の扉の鍵は『すべてを信じる』であればいい……。
柏餅でも食いながらね。
「昨日は俺も一緒に歌ってた」
か……。
やはり、どこまでいっても、俺以外の全てが正しい気がするな。
だってよ、俺は相当に悪党だものな。
俺は性根が曲がっていやがんだよ。
何時の間にか涼しい顔して紛れ込もうとしてるんだから、ますます癖が悪いぜ!
そんな事だから、普通の人達を無駄に傷つける顛末になっちまうんだなぁ。
ちゃんと奥底で己の背徳の全部を記憶しているのに、周りが知らないのを理由に善人面してんのさ。
ブルースマンなんかぢゃないくせに、自己陶酔で酔い痴れちまう。
でも、
たとえブルースマンぢゃないとしても、
ブルースを歌っちゃ駄目だって事ぁ、ねえからな!
――思い起こせば、かなりの修羅場を潜ってきた自負がある。
その度に、この世から恐いものがどんどん無くなってゆくが、それは結構寂しいもんだ。
俺の弟はそう言うが、恐いものが無くなってゆくと云うのは分かるが、寂しい境地には及びませんな。
ほら、お前は格闘派だけど、俺はチンピラ肌だからな。
モラルが四の五のとは口が裂けても言えないが、そんな身勝手を「しょうがねぇな」と笑ってくれた仲間達、感謝します。
ありがとう。
本当にあなた達は俺の『家族』です。
CHI-坊よ。ごめん……。
お前に紹介してやれる奴は今現在おりません。
俺の話を「悪いけど、よく判るわ」なんて言うお前も変わってんだなぁ。
こうやって考えを巡らせてみれば、数々のピンチを切り抜けられたのも周りに救われてたんだなと痛感するぜ!
どうか、払いはツケで頼んます。
甘え過ぎか……。
でも、だからこそ、せめて俺の周りに居る人達の為にも、
俺は、
人生讃歌を歌うのだ!
声高く!
ブルースマン気取りで!
お前らみんなが根こそぎ笑えるように!
まだまだ、
「休みの国」は遠いはず。
今日も聞こえる 遠い追放の歌
昨日は俺も一緒に歌ってた
《STRAY CAT BLUES》
第二部・ 完
初のPCから投稿にチャレンジするも挫折、そして断念……。
これからは、そう易々と失敗は許されないのに。
まぁ、細かい事はどうでもいいか。
なんとなしに今日は道行く人達に気を引かれた。
そんな日もあるよな!
悪意は決してありません。
まずはエスカレーターを泣きながら降りて行く女の人。
「あぁ、なんだかな……」
その次はピカピカ、テロテロのブラック・ビニールパンツの若者。
「ほほぉ……」
お次は、一体誰を意識しているのか? 兎に角、明らかに四方八方に自意識を発光して歩く兄ちゃん。
「えぇーっ!」
と、まぁ無理矢理アドリブ効かせて駆け付けてみれば、誰も居ない。
「なに? お前ら、そんなもんなの……?」
そんでもって、待ってなくて良い所で誰かが待ってたりして、
「そんなもんだよなぁ……?」
妙に納得する。
うむ。
だが、しかし
これら全ては決して
断じて
『BLUES』
では無い!
そう! 今日はまさに
ペテン師どものイカレた騒ぎで
俺の靴はすっかり『その気』になってる
そんな日なんだろよ。
通り過ぎて行くだけさ
有珠の子がなんでもロト6を換金するって言うから売場へひっついて行ったのよ。
一口二百円也って事だから物は試しでやってみるかって、うんうん悩んで六個塗り潰したよ。
そいだら、俺なんか暗示に係りやすいもんだから、億の金をどうしてくれようか考えちまって……、
買ったのが昼食前だったから、午後は殆ど妄想に費やしちまった。
そんでも差し当たって本当に欲しい物っていったら、機材一式位のもんで……、
72年から74年までのテレキャスターカスタムとメサブギーのマーク1にトーンベンダーでもあれば無敵だなぁ〜なんて考えてたら無性に楽しくなっちまって
そんでもって色は黒で、ボディーはアッシュでロゴが筆記体だとか、ウッドキャビのタイプが良いとか、たかだか二百円で百万弱の妄想を存分に味わった訳よ。
するとなんだか億の金があったところで、高級車やら家やら海外旅行やら欲する訳でもねえし、無理して遣っても面倒臭いだけだしな、百万弱位で腹一杯になるなら届かねえ距離でもねえなと気付いて、尚更、浮かれだして妄想は続いていくわけだ。
ほんで取り敢えず自宅でただ一本の愛機を鳴らせば、コイツがまた俺の為にある様な一本で、次の音と次の拍を自然と引き出す具合なもんだから、気がついたらすっかり時間も過ぎていたわ。
抽選発表なんぞ何時間も前に過ぎてっからよ、調べりゃ結果も分かるんだろうが、生憎肝心の本券は会社の何処かに置いてきちまったから、結局どうなったのかは神のみぞ知るなんだけど、まぁ、はずれてんだろ。
ああ、楽しんだ!
コンビニにて出来合いのフルーチェを発見する。
ハウス食品と云えば、このフルーチェととんがりコーンとジャワカレーだと云う持論有り。
若干、割高な気もするが我慢出来ずに購入。
しかしコレ、少量の為今一つフルーチェを食べたと云う満足度が薄い。
「あぁ、こんな事なら従来品を買って家で作り一人喰いをするべきだった……」と後悔する。
この『フルーチェ一人喰い』はガキの頃からの憧れである。
これと同様なケースで、我が愛しの江崎グリコはプッチンプリンを、浴びる程食べたいと云う欲望も未だ果たしてはいない。
こう云ったある種病的な欲望を俺は相当数抱えている。
ハーゲンダッツのラムレーズン500gカップを一人喰いしたいと云うのも長年の憧れであったが、これはチャレンジしてみるも身体的にギブアップ。
冷たいものを大量に、しかも一気に食べてしまうとギックリ腰が発動してしまう事が判明したからである。
世田谷はM寿司の、烏賊の握りだけで満腹になりたいと云うのは、大概同席しているものに「恥ずかしいから遠慮しろ」と牽制され、やはり未だに果たしてはいない。
アオハタのブルーベリージャムに惚れ込んで、小さい方の瓶で一気喰いした事は三回位ある。
これまた、美味いと思ったら一気に食べてしまうと云うのもよくある事で、岩塚製菓の黒豆煎餅などは、あればあるだけ食べてしまう。
こう云ったOnly Oneな欲求には計り知れない根がありそうだが、現時点では皆目心当たりが浮かばない。
……と思ったが、食卓でおやじが「菜っ葉出せば菜っ葉だけでご飯を食べてる」とおふくろに小言を言われていた。
なんだ、遺伝か……。
なんだか最近は仕事が忙しくて、気が付くと日曜になっている。
勿論、明日は月曜日だが、先週の月曜日の事はきれいさっぱり忘れてしまった。
俺には悪癖がある。
多忙に見舞われると一日一日をチョロまかして終えてしまう。
食べるのをチョロまかし、
寝るのもチョロまかし、
会話するのもチョロまかししている内に、衝動や欲求が曖昧ゆえの石ころ頭に頭痛が走りだす。
するとほぼ毎日鎮痛剤を飲み込んで、頭痛さえもチョロまかす様になる。
こうなると自分の健康状態なども曖昧で、ますますチョロまかしに拍車がかかる。
そして突然日曜日があらわれると張り詰めた手綱は急激に緩められ、溜まった毒が堰を伐った様に襲ってくる。
喉も心もカラカラで、馬鹿になりたいと一心に願う。
「コーヒーを飲み過ぎると馬鹿になる」
そんな迷信にもならない戯言をガキの頃に聞いた。
だからと云う訳でもないだろうが、このチョロまかし過ぎた体にはコーヒーが必要なのだ。
しかし生憎『馬鹿になれるコーヒー』を煎れてくれる素晴らしい店など近隣には皆無。
さぁ、どうする俺?
取り敢えず牛乳を飲んでみる。
飲んでも飲んでも満腹にはなるが、馬鹿にはなれそうもない。
むしろ、お腹が張ってイライラしてくる。
これではイカンとお湯を飲んでみる。
今度は大分良い感じだが、やはり馬鹿にはなれそうもない。
ここで端と気付く。
「そうか。薫りがミソなんだな」と。
しかし、コーヒーに類似した薫りを嗅ぎながらお湯を飲むくらいなら、コーヒーを飲むべきだろう。
振り出しへ戻ってしまった。
俺はコーヒー砂漠で馬鹿になる事もチョロまかすしかないのか……。
とかなんとか右往左往しながらケルアックとか拾い読みして日曜日をチョロまかしてやった。
どうにもお腹の具合が不調の為、街道沿いのパチンコ屋に立ち寄る。
どんちきどんちきと狂宴に夢中な皆様を尻目に、一路トイレへ駆け込みタッチの差でセーフ。
間一髪の任務を終え、店外へ出たしなに思わず「はぁーぁ……」っと安堵の息を吐くと、前方を歩いてた五十代位のおっちゃんが振り向いて一言
「全然、出ねぇなっ!」
と声をかけてきた。どうやらおっちゃん、俺もパチンコでコテンパにやられて溜息ついて帰るところだと思ったらしい。
「おっちゃん……俺は出たよ……玉ぢゃないけれど……」(心の声)
おっちゃんは一見タクシーの運転手風で、くたびれたヤンキース帽を斜に被り、声は低く太くやや枯れていて、ちょっと音楽的だ。
「三日間通って十八万位やられたわ。もう、止める。絶対やらねぇ!」
「えぇーっ! 十八万……テレキャス買えるぢゃん」(心の声)
「まったく何処もかしこもシケてやがるなぁ。ああ、俺、車どこに停めたっけか忘れちまった。本当に頭がおかしくなっちまうよなぁ〜」
「お疲れさんです。おやすみなさい」
「おう! ごくろうさん。あー、本当に車どこに停めたか分かんね……あぁ……」
「ドンマイです!」(心の声)
俺はこう云ったおっちゃんから突然話かけられる事が結構ある。
ある時、とある演芸場の入り口に設置してある灰皿の近くで喫煙していると、短く刈り込んだ金髪頭にサングラス、太い縦縞のスーツに赤いネクタイで体格は大柄の怪しいおっちゃんが近寄って来るなり
「いや〜今日は冷えるねぇ〜」
と気さくに話かけてきた。まるで俺の事をよく知っているかの様に「最近は何処もパッとしねぇ」とか「兄さん、何かいい話ないの?」とか傍から見たら通りすがりの者達には思えない距離感である。
「……どちらさまですか?」(心の声)
別段、俺の方も躊躇せずに会話をするのだが、しかしなんでまたこう云った遊び人風のおっちゃんに馴染まれるのか、不思議でならない。
決して俺は遊び人ではないのに。
そう云えば以前、露店で焼き鳥を買った際に店のおやじが、
「兄さん、仕事しているんだね。てっきり遊び人かと思ったよ」
と突然言い放った。俺はなんの事やら話が見えず言葉を詰まらせていると、店のおやじ曰くおつりを渡す時に触れた俺の手にマメがあったんだと云う。
「……実はそれ、ギターだこなんですが……」(心の声)
俺は奉行所にでも勤めたら大成したかもしれないな……。
夜遅く、久しぶりにバイクで走る田舎道。
頭の真上は青黒く、彼方の方へゆくにしたがって冷たく青い空の更に更に彼方の方で、星が静かに唄っている。
「俺、余計な事をしちまったかな……?」
なんとなく期待している俺は、若干暑苦しく思われているのかもな。
それ故に自戒の念を胸に抱いてみるのだが、その途端に白々しいと云うか、嘘臭いと云うか、兎に角感情の様なものに真実味が無く、自分の正体も些か怪しい限りだ。
ただただ風を切って走っている体感だけが現実に繋ぎ止めているだけで、どうしようもこうしようも考えているような、考えていないような……。
視界の届く限りに目をこらしてみれば、どこまでも、どこまでも夜だらけで車も人も通らず、背後でのべーっとだらしなく雲が延びているだけで、
幸せとか不幸せとか到底そんな次元ぢゃない充足感でピンピンの夜にご機嫌だぜ!
明日は晴れるだろう。
俺には先天性のナントカって云うやつが丁度前歯の裏側にあって、こいつが反乱を起こしては散々俺を苦しめた。
簡単に言えば膿の袋なんだけど、こいつときたらびっくりする程痛くって、さすがの俺もギブアップ。
とうとう外科手術で摘出する事と相為った。
ま、それがざっと二千と二百日前位の話なんだけど、人生初の全身麻酔外科手術は口腔外科手術だった。
鼻の下と上唇の間には顔の神経が沢山はしっているらしく、それらに損傷を与えない為にも一度前歯(大黒歯、恵比須歯&各脇)四本を抜き、歯茎を開いて患部を摘出。
その後、抜歯した歯を縫い付けると云う手術だ。
口腔外科に入院する人達と云うのは、舌癌、膿ほう、歯科整形に兎唇など様々だが、基本的に体の方は普通に動く。
舌癌の方は深刻であるが、俺などは気楽なものである。
全身麻酔の為の入念なチェックを受け、後は手術を待つばかり。
執刀する担当医は「術後は相当痛いと思います」なんて言う。
「痛いのか……面倒臭いなぁ」
さて、俺が入室したのは三人部屋で、一人は高校教師、一人は大学生だった。
高校教師の方は俺と同じ手術日で、彼は午前の朝一から俺は午後からだった。
大学生の方は歯科整形で我々の三日後である。
手術の十二時間前から食事制限がかかり、前日は安眠剤を服用する。
安眠剤と言っても軽い精神安定剤で効き目に個人差があるらしい。
俺はその頃、年に三、四日しか熟睡出来ず日々イライラしては毒づいてる感ぢの悪い間抜けで、その性か殊の外効き目が表れて良く眠れた。
今にして思えば、あらゆるツケが大挙してしっぺ返しの猛攻を仕掛け、「俺潰し」の真っ最中だった訳だ。
ま、それはそれとして……
手術日当日。全身麻酔の効き目を助長する為にまたもや精神安定剤を飲み、手術服に着替えて「あとは野となれ山となれ」とばかりに肚を決め、ベッドの上で三島由紀夫・著「葉隠れ入門」などを読む俺。
「武士道とは死ぬ事と見つけたり」
はははのは。気負い過ぎだな。
そう云えば、そこから更に何年か前の話だが、右手の指が千切れて入院した時は「人間失格」とか読んでたな。
ま、それはそれとして……
いよいよ手術室へ運ばれ「じゃあ、いきまーす」の声と同時にマスクをあてられた瞬間……
イチコロでした。まるで記憶にございません。
全身麻酔ってすごいな!
その後は朦朧とする中でおふくろが名前を読んでいたのをうっすらと憶えている。
なんでも麻酔から覚める時は皆で声をかけて意識をはっきりと呼び起こした方がいいんだと。
まれに麻酔から帰れないなんて事もあるとか、ないとか……。
後日談だが、おふくろの話ぢゃ麻酔から目を覚ました俺が開口一番に言ったのが、
「は、ら……減った……」
だったらしい。
しかし、あの全身麻酔が体から抜けてゆく時の不快感と云ったら、
頭は重いし、吐き気はひどいしで最悪だ。
術後の痛みよりもその気持ち悪さを耐える方が辛かった。
さて一夜明けて肝心の術後の痛みはどうかって云うと、これがてんで痛くない。
いや、痛みはするが痛痒い程度で我慢出来ない事はない。
むしろ手術前からの絶食からくる空腹感の方が辛い。
俺は縫い付けられてピリピリする歯茎のまま売店でバームクーヘンを買い食いしたっけ。
それを見た執刀医や看護士は皆、唖然として言葉もない様子。
同室の高校教師は痛み止めを打って安静にしているのに、俺はバームクーヘンを買い食いしてウロウロする。
「痛みにお強いんですね」
なんて、本音なんだか皮肉なんだか分からない事を言われる傍でバームクーヘンをもぐもぐしてた。
ま、そんなこんなで無事に手術は終了。
あとは抜糸して退院するのを待つばかり。
しかーし、そこからがまた素敵な入院生活になってゆくのだが、
その辺は何れまた別の機会にでも……。
タカヨシはわざと「〇〇たい」なんて書き置きして家出しやがった。
おやじさんのちっこい船を無断で借りて、瀬戸内海を渡るつもりで姿をくらました。
おふくろさんは「『死にたい』だったら、どうしよう……」って泣いたけど、マサシは「稼ぎたい」だと思うってしかめてる。
なんだか地元の工専に入ってみたものの、二年通ったら肌に合わないんだって腐ってたんだと。
たまたま神奈川で鉄筋工の親方をやってる従兄が居るのを知って、面倒臭いから自分も自立しちまおうって口にしてたらしい。
……ただよ、工専に入るにあたっては入学金は大概かかってるし、後二年すれば嫌でも仕事に就いてオマンマの喰いっぱぐれは無い訳だから、そりゃぁ親父さんもおふくろさんも「今すぐ工専辞めて違う道へ行きたい」なんて言っても首を縦に振るわきゃねえな。
タカヨシにだってその位の情は分かるし、一時の感情による思い付きが人生をどれだけ左右するのか想像出来ないけど、一日一日が重荷である事の不気味さに夜も眠れねぇんだって。
ぢゃぁ、やっぱり「稼ぎたい」なのかって云うとそうでもなくて、ミーコの話ぢゃ「逢いたい」ぢゃねえかって言うんだな。
どうやらタカヨシの野郎、十六の時に川崎の方へ越しちまったサトミに惚れてたらしいのさ。
そんでサトミが引っ越す前の日にへどもどしながら告白して、それからずっと文通してたんだと。
(文通とはな……)
自分対相手と云う一対一で世界の全てが成立しちまう様な単純明瞭な男だからな、タカヨシの奴は。
つまりは本気で恋してるっつう訳だ!
ミーコは去年の夏にサトミの所を訪ねた際に、その事をサトミから聞いたらしい。
頻りに「逢いたい」「逢いたい」って書いてあったって。
そうするとやっぱり「逢いたい」一心で姿を消したのかって云うと、これまた微妙なところでよ。
徳爺の話ぢゃ「変えたい」だろうって言うんだな。
「あいつはいっぱしの男のくせに小難しそうな顔して本ばかり読んでた南京虫」だって。
ほら、徳爺は風を読んで波を繰るのが商売だから、近代日本の理詰めでそろばんジャラジャラさせる奴が大嫌いなんだけど、挨拶もしねえで本読みながら何度も素通りするタカヨシを見るに見兼ねて、先々週の木曜日の事なんだけど「相撲をとるぞ!」って砂浜に十遍も打ち据えたんだって。
「この腰抜けの南京虫野郎!」を皮切りに「青びょうたん」だのなんだのって散々説教してやったんだと。
「多分、あれでタカヨシも目が覚めて男の旅に出たんぢゃろ」って云うのが徳爺の言い分だけど、それは無いって皆笑ってた。
兎に角、タカヨシの奴は背負える物は全部背負って船を出しちまったんだ。
色んな未来が充て填まる「〇〇たい」を見つける為にね。
俺はちょっと格好良いと思ったよ。
青臭いけども。
結局、海上保安局の船に捕まって帰ってきたけれどもね……。