Stray Cat Blues

俺たちにも明日はある!

いい加減にしておくれよ!

2007/01/29(月)


がらんとした休日のゆるゆる過ぎてゆく午前中を、けたたましく鳴る電話の呼び出しが切り裂いた。

ちぇっ、またか……

光男はわざと電話を取らずに着替えを済ませ、山と積まれた吸い殻から比較的ましな生き残りを抜き取って火を点けた。
電話は何か発作でも起こしているかの様に執拗に鳴り続けている。

ご苦労なこった……

ブラインドから少し陽が入る様にし、窓の側できらきら光る金魚鉢を眺めながら、光男は自分の失敗をなぞって失笑する。

逃げるが勝ちって本当だな

相変わらず電話の呼び出し音が不作法に鳴り響き、この部屋を外の世界から切り離すかの様に震わせている。

馬鹿な奴だな……あ、馬鹿なのは俺か

金魚鉢の中でオランダシシガシラは悠々と泳いでいる。

お前は自由だね。いや、そうでも無いか。狭い金魚鉢の中だものな。
でも考えてみれば俺だってそれ程広い世界で生きてる訳ぢゃないんだよな。

黒いひらひらとしたヒレが狭い金魚鉢の中で心地良さげに切り返したり推力をつけたりしながら、存分に不自由の中の自由を泳ぎまわっている。
そして彼は不満などまるで無く、この世界の全てにご満悦と云った様子で、そのボコボコした頭を左右に振っては自分自身を謳歌する。

小さな金魚鉢の中の小さなオランダシシガシラ

電話はいまだ鳴り続けている。
それは光男にとって脅迫の様な、警告の様な、兎に角脅かす何かでしかない。

けっ! なめんなよ。

光男は電話を取り上げ窓際までゆき、金魚鉢の中へ沈めてしまうと鍵も掛けずに部屋を出て行った。
  1. 山川草木
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Stop! In The Name Of Love

2007/01/27(土)


風を斬る様に走れなくなって早久しく

では、一歩づつでも確実に歩いているのか? と云えば、これまた微妙で

移ろいゆくのは自由気儘な格好鳥とブレーメンの末席だ。

ぽっぽと赤く熱をだす石油ストーブに陣取って

何もかも忘れてしまった気がしてくる。

あんなに速く走れたのになぁ……。

一体何が欲しくって、あんなに走っていたのだか今更ながらに分からない。

否、本当は分かっているのだが、今夜ばかりは分からない。

否、今でも喉から手が出る程に丸見え、底抜け、どっちらけ。百も承知でいるのだが、今夜ばかりは絶対に分かってなんぞやるものか!

ただ……今一度、走ってみたいと思うのさ
たったか、たったかと

まさか? 走り方まで忘れちまったら手遅れなんだが……
零も百も霞んでしまって、中産階級のへっぽこ侍、一掴みの戯言に迷うなかれことなかれ喉元過ぎれば熱さ感ぜず

楽屋裏まで明け透けで「作品」などと宣って、まったく夢などありゃしない、下衆の宴はチクタクと、時計の進みも狂わせて

蛮勇な彼らは皆、WILD HORSESに引き摺られて行っちまった……

CROSS ROAD BLUESの彼方へ

背中すら見えやしないぜ

理由もなく、言い訳もなく、意味などもなく、『I&愛』な黒い天使と挨拶を交わし、どこがスタート地点だったのか地図で確かめてみようと方々覗き込んでみたんだが、名前すら思い出せない青い月の閃き、そして猟犬未満の野良犬の遠吠え。

あれ……? 何だっけ?

あぁ……走るんだった

ぐるぐるぐるぐる阿保みたいに走り回るつもりだったんだ

そろそろ陽も傾いてきたし、飲み下されたらぺちゃんこだぜ

走りだせ!

「君の名は?」

「I'm just not only R&R」

止まれ止まれ! 総てのものを差し置いて

「Don't think, Feeeeel」

この手もこの足もくれてやる……だけど、
頭だけは食べないで……走れなくなっちまうから

素晴らしき哉この人生も

さぁ、行きますよ!

ROCK IT UP.
  1. 山川草木
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曇りそして時々アメリカンロック

2007/01/22(月)

この冬って云う奴の日曜の午前中にはTHE BEATLESの『FOR SALE』が心地良くて、何度も聴いてはうっとりとし、暫し六畳間の日向を占有する憧れで空も俺も呆けてしまう。

もう彼此二十年近くもの間その感じは変わらず、やはり今日も不味い煙草を吹かしながら、とどかない彼に届けたい律を分けて貰った。

『FOR SALE』と云うアルバムの中でピタと時間は止まり、俺はタイムスリップしたかの様に一瞬で冬の、日曜の、午前中を退行して活気付いてゆく。

俺の中でそれはもう『FOR SALE』を聴く為に冬があるのだと錯覚する程で、もしかすればヨレヨレの爺さまになっても浮かれて、うっとりしてしまう大切なアルバムになるのだろう。

勿論、他の季節に聴いてみても心地いいのだけれど、「うっとり」するほどぢゃないんだな。

理由はないんですよ!

随分と姿形や頭の中身は変容したが、こんなところに相も変わらずの自分が居座っている事にホッとする。

そしてまた何故か、このアルバムを聴くとアメリカと云う国を想い描く。

それは言葉にならない何かである。

ボブ・ディランやビーチボーイズでは、そんな現象は起こらない。

『A Hard Day's Night』や『Help!』でも、そんな現象は起こらない。

半睡状態の様な記憶の湖面に帆を立てて、ハンブルグの若者とバス停留所の世間知らずが、泣いているような、怒っているような船をだす。

アメリカを目指して!

冬の、日曜の、午前中あたりに……。
  1. 山川草木
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つくばねの彼方へ

2007/01/19(金)

20070119004105

右手と左手とどっちが大切だろう?

世界は毒だらけで癒しが必要だって今更ながらに君は言う。

まいったな……。

思い切って振り向いたら良い事だらけで、疑う方が到底骨が折れるぜ。

まったく君は気のきいた助言でもって、数々の消耗する葛藤に水を差し、空気を抜いて風通しをよくしてやるのだがね。

よわったね……。

どういった理由があろうとも片手落ちにはなるかもなぁ。

『目には目を 歯には歯を』と云うのは市場原理主義みたいなものだろ?

誤解すんなよ。

『毒をもって毒を制す』

そんな具合で考えてみたら、まだまだ捨てたもんぢゃねぇなと思うんだ。

「戦争と平和」二者択一ならば「平和」を、「愛と平和」ならば「自分」を選んでしまうもんなんぢゃねえかな?

無知な大人は悲しいと嘆くし、無関心な子供は不満が隠せない。
夜の湿気た肌触りはぬめぬめした両生類みたいだし、建物の中はどこもかしこも息が詰まる程にアンダーで、傷だらけのレコードみたいに逆撫でする。

毒になりましょう。

腹割って、正々堂々と毒になっちまおう。

はらぺこ、ぺか!

もっと気持ちの良い事すっぺよ!

あれほど丁寧に育て方を教えてもらったのに、シクラメンが日向で萎れている。

思い出してきましたか? 
俺は思い出してきましたよ。赤だの白だののシクラメンを見かけると「あぁ、冬なんだぁ」と真冬の最中に浮遊する足跡みたいな人いきれ。

ずべっ、ちかっ!

今でも思い出すとドキドキする。
『カラマーゾフの兄弟』の中で「犯人はあなたじゃないんですよ」とアリョーシャが言った場面。
とてつもなく愛情を感じさせる場面だ。

だから、

俺はあなたに言いたい!

「犯人はあなたぢゃないんですよ!」

右手も左手も大事なので両方大切にして下さい。

あ、俺の事は気にせずに、お構いなく。
どん底でも笑っていられるタイプですから。

それでは。
  1. 山川草木
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You're a big girl now

2007/01/15(月)

 
ある知り合いのご家族と仲間達とで、連れ立って焼鳥屋へゆく。
しょんべん横丁の様に店舗同士がひしめき合って軒を並べた焼鳥屋は、客席も狭く皆寄り添う様に座って焼き鳥を食べる。

暫らく後に「(俺の)脇に座りたい」と今年小学生になる娘さんが言いだしたので、我々は女の子一人分の席替えをする。
彼女は俺の右側に座るなり「問題やろう!」とA4サイズの白紙数枚とカラーサインペンを取り出す。

この問題と云うやつが何とも不思議なクイズ問題で、答えを探す手がかりが問題文の中にまるでない。

彼女がその場で創作した物語はカラーサインペンで白紙の上へ展開され、奇妙なイラストが次々と表れるお話は時間も空間も善も悪も存在せず、ただ事象だけがぽつねんとある。

そして……、

手がかりは無い。

――あるところにお父さんと息子とサッカーボールが暮らしていました。
サッカーボールはとても可愛い女の子でした。
お父さんのお家は大きな湖の近くでした。
周りには誰も住んでいません。
ある日、大きな魚がお父さんを飲み込んでしまいました。
するとサッカーボールがお父さんを助けに湖へ飛び込んだのです。
サッカーボールは魔法を使って大きな魚を石にしてしまいました。
お父さんも石になってしまいました。

さて、どうなったでしょう?

「……お父さんも石になっちゃったの?」

「うん。そうだよ!」

「……う〜ん、分かった! ボブ・ディランがやって来て『How does it feel〜 How does it feel』って歌いだした!」

「ちがうよ! ボブ・ディランは出てこないっ!」

「だってボブ・ディランの『Like a rollin' stone』って歌、知らない?」

「しらない! ボブ・ディランは出てこないの!」

「……知らないか。難しいなぁ……」

答えは、サッカーボールも息子も湖もお家も石になって宇宙になりましたとさ。

おしまい。
  1. 山川草木
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私的ギター内宇宙論 Ex−2

2007/01/10(水)


誰が弾いてもAm。何処で弾いてもAm。

しかーし、この和音と云う奴に誘発されて出てくる音はどうだろう。

例えば石垣島。

例えば湘南。

例えばニューデリー。

例えば大連。

例えばヒューストン。

例えば明け方の枕元。

例えば夕方の音楽室。

例えばジョン・レノン。

例えばマール・ハガード。

例えば俺。

例えば君。

何も出てこないなら、ただのAmでしかないけんども。

これ、逆パターンもありますな。
ふと出た鼻歌にちょっと伴奏つけたらAmだったとか。
こっちの方が分かりやすいかな。
生メロディーなら幾らでも代替え出来ると云うのに、何故にAmを選ぶのか?

世界共通のAmが君の体で鳴った時、そこから誘発される記憶がトライアドにもう一つ飛び乗って音楽が始まるんだなぁ。

いや、別にCでも、Dでも、Eでも、Fでも、Gでも、Bでもなんでも良いんだけども。

ギターと云う楽器に於いて、その音の配列から一つ一つの和音に特性がある訳ですよ。
コードフォームがあるからね。

背負い投げと大外刈りの違いみたいなものかな。

例えばマイナーコードでもEmとAmとDmぢゃ『重さ』が違うんだな(違いますよね?)
それぞれのルートのいる場所が起因なんだけども、それに依って響きが誘発する色や臭いがまるで違う。
あくまでも自論なんですがね。

ごく簡単に、そして乱暴に結びつけたら、

Em→ 暗色 荒涼 アメリカ 唐辛子  

Dm→ 街 水流 ヨーロッパ モノクロ トルコアイス

Am→ 血 さすらい 草原 片思い チョリソー

こんな感じ。

どうでしょう?

もしも「いや〜Dmって大判焼きな感じだなぁ」と言う人がいたら、やはり同じDmでも俺と貴方、それぞれのDmであるわけですよ。

はい。これでやっと本題に入った位です。

以下、つづく。
  1. 山川草木
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私的ギター内宇宙論

2007/01/09(火)


先日、とあるテレビ番組で加山雄三氏と福山雅治が対談していた。

若大将にはひかれるのでチャンネルを変えずにいると、加山氏がこんな事を言っておられた。

「今年で七十歳になるけども、やっぱりまだまだ良い曲を書きたいね。あの『涙そうそう』みたいに皆に歌って貰える良いメロディーをね」(大意)

そして「BEGINの連中が石垣島出身だから、あんなメロディーが出て来るのかなぁ……」(大意)とも。

なるほど。生まれ育った場所は当然その人のある部分に大きく影響を与えるだろうし、その後の作品にも光と影を落とすだろうね。

夏目漱石さんが貧乏臭い話を書かないとか、ゴッホの南仏時代とそれ以前の違いとか。

まぁ、人生なんでしょ。その人それぞれの。

山から冷たい風が吹き、杉林と白菜畑に囲まれた田舎家で『ON THE ROAD』も『STRAWBERRY FIELDS FOREVER』も書ける訳など無い、無い。

まぁ、小説だの絵画だのは出る幕ぢゃないので引き合いにするのが間違っているけれども。

例えばギターと云う楽器は、アメリカだろうが、ヨーロッパだろうが、アジアだろうがギターですよ。
するとAmなんて云うコードも、N.Yだろうが、マドリッドだろうが、石垣島だろうがAmなんですよ。

ボブ・ディランだろうが、ジョン・レノンだろうが、加山雄三氏だろうがAmなんだな。

ちょっと面倒臭いかな、この話?

つまり世界共通のAmは、その人それぞれのAmになってゆくだろうって事を言いたいんだな。

以下、つづく。
  1. 山川草木
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君へ捧ぐ……ものは今ないんだな

2007/01/08(月)


夢を見る。ほぼ毎日。

この寝ている間に見る夢と云う奴も、付き合いが長くなると少しばかり融通が効くものなのか、例えば途中で目が覚めてしまい「あぁ、続きが見たいな」とまた寝に入ると続きが見れたりするものだ。
しかも「私も同じに続きが見れます」と云う輩が少なからず居るところを考えると、その位の事は誰も経験できるのであろう。

一度だけ三段構えの夢落ちと云う事もあった。

「あぁーっ! やばい!」
……なんだ、夢か。
「あぁーっ! やばい!」
……なんだ、これも夢か。
「あぁーっ! やばい!」
……で、本当に夢から覚めたという話。漫画でありがちな展開だが、実際にそんな見方もするのかとびっくりした。

さぁ、しかし、今回のはもっと驚いた見方をしたぞ。

それは、三夜連続で同じ場所へ行ったのだ。
微妙に夢同士に連続性もあった。
一人の男は現世界では見た事の無い奴だが、三夜とも現われた。

そこは娯楽施設なんだな。ただそれが具体的にはどんな物と言っていいのか分かりかねる感じ。
全体の敷地面積は徒歩二分位で廻りきれる大きさ。
その敷地の中央にコンテナハウスの様な、プレハブの様な、兎に角簡易的な事務所があり、其処へ働きに行くのが俺。
その建物の中は六畳程の広さで、外壁は真っ黒に塗ってあった。
パソコンと何かメカが低い机に載っていたな。
その施設のセキュリティーを管理する為のもので、四六時中「男」が向き合っていた。
男は耳が隠れる位のボブヘアーに軽く色をいれて、眼鏡をかけた同世代。
愛想がなく頭脳だけは大いにありそうだった。
俺は三夜を通して二言か三言しか会話していない。
確か「電源供給の○☆▲※〜で、セキュリティーは朝九時から……」と言っていたな。
その建物からどの方角に見えていたのか分からないが、人工の丘があった。気を入れれば五秒位で登れそうな小さいのが。

三夜連続で同じ場所へ行ったのは確実なのだが、内容はまったく曖昧で残っていない。
同じ場所へ行ったと云うよりも、同じ場所が三夜とも夢に現われたと言うべきか。

勿論、毎夜夢の中ではそんな事を意識しておらず、二回目、三回目の朝に「あぁ、またアソコだった」と気付いたのだがね。

今では一夜目の印象が全然残っておらず、二夜目は男と建物の、三夜目は施設の売り上げに手をつけちまおうとする俺の姿が印象強く残っている。

しかしあれだな、三夜連続どころぢゃなく百夜連続とか千夜連続で同じ場所へ行ったとしたら……すごいだろうな。
なんせ、たかだか三夜連続でも小指の爪ほどの混乱はあったからね。

新年早々から狂い気味なのかな、俺?
  1. 山川草木
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初春や オレは明日をうたうのよ

2007/01/07(日)


なぜ、今日突然そんな事になったのかは説明すると回りくどくなるので省略。

兎に角、とある施設で歌うと云う事になり、楽器を片手に訪ねてみる。

日中どしゃ降りの中で労働したし、軽くシャワーだけ浴びて家を出たのだが、大半の方は寝てしまったという。

なるほど。皆さん高齢ですから夜はお早いおやすみのようです。

しかし、ここまで来た以上は例え二人だけでも歌うしかあるまい。

如何せんこんな状況下ではどんな間合いが有効なのか皆目見当もつかず、取り敢えずは寝てる方の邪魔はせず、しかし目の前の人に楽しめるような選曲を約二秒で組み立ててスタート!

また建物自体の箱鳴りが微妙で、1バース目で脂汗が滲みだす。

……いや、別に誰かと戦って歌うと云う訳でも無いのだが、今日のステージは手強い。

いや、別にステージがあった訳でも無いのだが……。
その位、探り探りだったって事よ。

いや〜もうビックリなのは、生年を聞いたら大正元年だって言うしね。もう一人の方は八十四才ですよ。
ロックだのブルースだの河童の屁ですよ。

でもね、これまた高齢だからと変に歩み寄って「こまっしゃくれた」唄を歌っても響かないんだなぁ、俺の経験上では。

へへへ。

無事、任務完了。

たまぁ〜にはこんなのも良いかもな。
裸にされるからね。

例えばの話、マイルス・デイビスだのモーツアルトの様に大天才な音楽家であったなら、朝飯前で聴かせちゃうんだろなぁ……。

まだ、「大」には遠いわけだな。俺の場合。

「ありがとう。また歌いに来てくれろ。」

そう惜しまれながら施設を出ると、雨はすっかり上がっていやがった。

また今度来る時は、「やや」大天才な俺を観せちゃうぜ!

世界一のアマチュアへ邁進してゆく俺なのであった。

――今日の俺の動員数

婆ちゃん 二人

その他 三人

&珠の汗が湯呑み一杯分位
  1. 山川草木
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甘露とハッカとニッキで仁丹

2007/01/06(土)


人間見た目です。

ある程度はね。

その辺の重要性は個人差がありましょうがね。

いずれにせよある程度ですけども。

私の場合、あの憧れの英国出身は転石楽団所属、第一弦奏者の冷静に見たら明らかに「格好良くない」格好良さに焦がれっぱなしでありまして、特にあの髪型なんか真似したくて熱心に研究したものです。

なんでもあの人は一頃自分で鋏を入れていたらしく、髪型が相当に微妙なんですよ。
丁度、昨年でしたか発売された『RARITIES』のジャケットが正にそれでありまして、確かに自分で切った方が雰囲気が近くなるのですが、自分で切ると自ずと毛先が揃わない訳で強烈な寝癖が花開くのです。

それもまた当人っぽいので、奴にかぶれた者達は大体一度や二度、若しくは今でも自分で散髪していると思われます。

ま、それはそれとして。

元来、その時々の気分で全部の手札を一気に捨ててしまいたくなる性分なんですが、何年かに一度の割りで丸坊主にしたくなるんですよ。学生だった頃から。

もう十年以上前になりますが、やはり「頭を、ボーズにしてやらう」と思い立った矢先に、丁度古くさい床屋を見かけましてね。
ほら、あの洗髪する時は別席の流しへ移動する様な店ね。
青赤白のぐるぐるがあって、夫婦二人でやってるような床屋ですよ。

なんとなくね「よし、ここだ」と入りましたな。

とぼけた親父と快活な奥さんが声を合わせて「いらっしゃい!」と言ったね。うむ、雰囲気は悪くない。
さっそく坊主にしてくれろと頼むと、親父がたどたどしくバリカンで刈っていきましてね、程なく丸坊主ですわ。

別席の湯沸器の下で頭流してね、お次は顔剃りですよ。
今度は奥さんが来てね、椅子を倒して蒸しタオルを私の顔に載せたんですよ。

ところが、その蒸しタオルの熱いの熱くないのってアンタ、思わず「あちぃーっ!」って飛び起きる程に熱いタオルなんだからビックリですよ。

やや、間があいて……

「あら、ごめんなさい。熱かった?」

「熱すぎるよ!」

「南の方の人だと思ったから、熱いの大丈夫かと……」

「(そう云う問題かよ!)……?なにが……?なんで?」

「顔が南の人みたいだから……」

えーと、私思うんですがね、南の人でもアソコまで熱々の蒸しタオルは駄目です。なんてったって大の男が飛び起きる程の熱さですからね。

本当に、人間とは見た目(見る方も見られる方も)なんですなと実感しましたよ。
  1. 山川草木
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見張り塔からずっと

2007/01/04(木)

ぼけぼけしてたら三が日も終わり。

中一日を挟みまた生活が始まる。

どう云う訳か何時でも体のどこかに不具合がある。
いじめ過ぎたんだな。

色々と考え考えながらも、ぽっかりと空いた中心部にピタリ納まる欠片は手掛かりも掴めない。

ごろんと転がり虚空を摘み食いし、バラバラに解体された無認可の憧れに横槍を入れる。

例えばの話、あらゆる正直さを並べたら正常で歪みの無いギヤマンの上で、目の前には何の犠牲も払わない皿が列をなし、君も彼も許しあうのかなぁ……。

例えばの話、数学とか科学とかだって果てない真理へ挑むSoul Survivor なんだろね?

例えばの話、さつまいもを皮ごと食べれば胸やけしないとか、餅と一緒に大根食べたらもたれないとか云うのも、ピタゴラスの定理や黄金率と肩を並べて縦横無尽に大気中を飛び交い、たまたま出会い頭で着地した先が右脳で働く別回路のドロイドとかであったなら、力強く燃え尽きたり兄弟になったりして名作と呼ばれたりすんだろね?

でもな……生産して消費して清算して浪費させられてクタクタに骨抜きで、それどころぢゃ無いよ、大概は。

目もあてられない程に不味い蕎麦屋とかラーメン屋とか寿司屋とか、なんであるのか説明出来る人がいますかね?

例えばの話、不味いラーメン屋で「不味いぞ! おやじ!」と言えば、それ即ち戦争ですよ。
「ぢゃぁ、お前が作ってみろ!」とね。
「お前にラーメンの何が分かるんだ!」とかね。

すると異議申し立てするなら、それなりに覚悟がいる訳ですよ。
ラーメンだけの話ぢゃなくなるね。そのラーメン屋のおやじの人格&人生に真っ向勝負ですよ。

おいしいラーメンって何? なんてトコロから辿りだしたら毎日顔合わせて、三角だ四角だって笛吹いて太鼓叩いて年老いて枯れてくよ。

こんな事を半日の間中に投げて返してとしていたら、「ラーメン食べに行こう」なんて母親が言いだす始末だから奇妙なものですな。

親父とおふくろと三人でラーメン屋行くのって初めてぢゃねぇかな。

そしたら案の定、ラーメンが不味いんだなぁ……。

不思議なもので不味いラーメンって丼が目の前にきた瞬間に見た目で分かるんだ。
そのバランスの悪さ。麺の沈み具合。
箸を入れれば味も大体想像出来るね。

まいったなぁ……。

これも一つの事故の様なものと諦めるより仕方がないのかね。
そんな店に限って、妙に人気があるのか混んでたりすんだよな。
もしかすれば、これは救済活動の一環、つまりボランティアなのか?

俺は恐る恐る聞いてみたよ、両親に。
「おいしい?」

「いまいち……」

恐るべしDNA。しかし彼等がSTONESを好きになる筈も無いのだから、価値観に対する遺伝の関門は時代&世相に影響されるのだな。

ただ、そこには大きな疑問が横たわるのだけど……。

まったく、俺の脳は役たたずなのだ!

いじめ過ぎたんだよな……多分。
  1. 山川草木
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ちょんまげと訓練中の新入り(猪)

2007/01/01(月)


謹賀新年。

一歩も外へ出ず。

一年の計は元旦にありと言いますから、無理矢理に自分を楽器に向かわせる。

二ヵ月ぶりか? 久しぶりに鳴らすと空気振動にトーンが溶け込まない。
ひなびて疲れた音がする。

ゆっくりゆっくりと音を辿り、少しづつ調子を合わせてゆく。

不思議なもので楽器と云う物は、毎日弾いていれば多少の無理にも応えて響いてくれるが、寝かして放置してしまうと頑として近寄ってきてはくれない。

なので今日は簡単なプレーンを軽く弾くだけにした。

元旦から楽器に触れるのも久しぶりだな。

個人的に目指している『音』へ近づく為に、今年は若干練習でもしてみっか。

若干な。

ここ五年位ずっと同じなのだが、勉強してみっかと改めて思う次第です。

それは総てに於いてだけども。

特別に新年だから、元旦だからと云う訳でもないけど、とどのつまりは其処にしか帰る場所がなぁ〜いのだな。

だからまずは耕すのさ。春頃には種を蒔けるように。

電気の力で地熱を上げる若武者共を探さなきゃ。
  1. 山川草木
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