朝から昨日の余韻が、次から次へと体内から湧きだしてくる。
気がつくとSTONESの曲を口づさんでいる俺。
週頭の仕事始めなのに、ノリノリで職場へ向かう俺なのさ。
そうか! 非現実度120%体験は、現実へと表出してきた時に活力になるのだな。
これが生なら、二週間はイケるのではなかろうか?
嘘っぱちが本当っぱちに鞭を入れるのだ!
それが、ROCK&ROLLの魔力なのかもなぁ。
再度、心に残った場面を回想するのだ!
やはり、なんと云ってもオープニングか。
「Jumpin'Jack Flash」イントロのキースの音。
音? 音なのか? 音と云うよりも……云うよりも、なんだろ? いや、やっぱ音か。
あの音。あの全てを決定づける、一閃の和音が叩き出される瞬間。
獣的な塊が日常を喰い破る雄叫びだ。
エレキギター最良の二小節がここにある。
あぁ……キース、最高!
曲終わりもメインリフで引っ張りながら、アイコンタクトで決め!
Oh〜Yeah〜!
そのアイコンタクトしているところは、しっかり画面に収められているから、ギター片手に観ていても、ミックの動きに注意していればバンドと一緒に終われるぜ。
すっかりバンドの一員となりライブは進む。
すると、ゲゲゲッ! キースが12弦を使っての「Wild Horses」が登場。
オープンチューニング独特のテンション感ある響きが、12弦で更に2倍! 2倍!
これはナイスチョイスだ。この響きは良い。
しかも何故かこの曲の時は、キースの立ち位置にコーラスマイクがあるぢゃん。
やばい……。涙腺が……。
なんとか堪えて更に進むと、メンバー紹介コーナー。
ボビー・キーズがすっかり白髪になっとる。
そのボビーが紹介されると歓声は一際大きくなった。
サポートメンバーだが、今までの功績を振り返れば当然だわな。
キースと握手を交わす。
やばい……。またもや、涙腺が……。
更に更に耐えて進むと、キースのボーカル曲コーナーへ。
あぁーっ! もう、駄目だぁー……。
アコギを抱えての「虚しい気持ち」。曲も確かに良い曲なんだけど……
あのアコギを吊ってるストラップ……
あのストラップは……
あのストラップは……
グラム・パーソンズの形見のストラップぢゃぁないか!
ここで、俺、ホワイト・アウト。
考えてみると、キース、キースで悶えてるだけだ……。俺。
少し、痛いな。俺。
おしまい。

なんだろべ……?。
たかがROCKなんだけんども、そいつが最高なのさ。
最高なのは以前から知ってたけんども、涙が勝手にでちゃうのは……なんでだろべ……?。
感動してると云うよりも、興奮したな。
相変わらずのパフォーマンスぢゃった。
60過ぎのROCK演者達は、一音一音に魔法が込められておったげな。
佇まいがデカダンと云うよりも、ヘルシーな感じぢゃった。
しかし、
ROCKぢゃった。
冷ややかに観れば「ROCK芸能」だとも言えるのだが、
しかし、
ROCKぢゃった。
う〜む。むむむ。
非現実度120%。
そこに一体、何を見るんだんべ。
結局「格好いい!」だけの事なんだろか。
確かに格好いいんだけんども……。
わからん……。
たまに演奏がヨレヨレで、今にも空中分解しそうになるけど、
格好いいなぁ。The Rolling Stones.
埼玉アリーナ公演のテレビ放映を録画はしたが、観るのは今日が初めて。
一番に痺れたのは「Midnight Rambler」曲頭。
マイ・グルーヴで弾き出すキースに、バンドが一斉に飛び乗る。
その時、カメラが一瞬だけミックの足元をアップで映すんだな。
すぐ横にキースも居るから、ミックとキースの足が片方ずつ見えるのだが、まるで同じタイミングで拍子をとっているんだな。
寸分違わずに足を打ち鳴らしているんだよ。
一斉に飛び乗った瞬間に、グルーヴ・ポイントが同調してるのだ!
勿論、当たり前と云えば当たり前。
バンドだもの。そうでなけりゃね。
その一秒後に、二人はそれぞれの立ち位置へ別れてゆくのだが、あの肉感的な呼吸の合わせ方が堪らなくROCKなんだろべ。
そんな些細な事に大喜びしているオイラはなんだろべ。
おしまい。

こんばんわ。元気です。
そうですか……駄目でしたか……。
俺も歯科受け付け嬢に駄目出しされました。
鬼の様な形相で断られました。
「一緒にとんかつ食べに行かない?」
「いやです!」
……。
辺りの空気が一分の隙も無く凝固して、如何なる攻撃も受け付けないと云う雰囲気を肌でひしと感じられました。
受け付け嬢なのに受け付けないとは、これ如何に……。
帰りの夜風は骨身に重く重く凍みました。
涙で枕が染みました。
すごく可愛い娘だったんね。
そんでもって土地弁が余計に愛嬌を上乗せしてたんよ。
……でも、
恋ぢゃぁ、無かったな。
勿論、愛でもないし、
なんとなく、ふれあいが欲しかっただけかもな……。
一番よく思うのは、男と女って云う別の思考回路が同調した時に生まれる「やや異質」な感覚に、安らぎの様なものをおぼえるのだが、う〜ん……つまり、なんというか、女性との会話、ないし交流は楽にさせてくれるなと思うわけですが、その内容が個人的であればある程に「抜けてゆく」のだな。
肩の荷が下りる感じかな。
事務的であればある程に、プラスチック製の肩書きを背負わされるのは、若くないゆえだろうけどね。
その辺のさじ加減は難しいところだなぁ。
全く何もなくていい時もあれば、何かがあって欲しい時もあるし。
なので賽は投げる主義です。
何も残らないのは自分で自分を全否定する事になりますからな。
あの、いわゆるテレビ的な恋愛は気味悪りぃーからね。
もっと泥臭いもんだわな。空から降ってくるもんぢゃないし。
にょきにょき勝手に生える雑草の様なもんだ。
コンクリート・ジャングルの味気無さは一目瞭然だろ。
飛んでる虫は全部害虫扱いだし、四季を通じて臭いと云えば、反吐混じりの下水臭だけだし……。
まぁ、お互い次に期待すると云う事で、少し歌ってみましょうや。
〜♪♪季節のない街に生まれ〜♪♪
くらげは何故に海を漂うか
ヒヤシンスが花を散らすまで待てない?
あと十分待って三時間ねよう
背高のっぽの頭の中でフィラメントが窒息の危機
もう何も言うな!
無人契約機に向かって乾いた、乾いた、乾いた涙を流しても 卑しい呪縛の鵡返しは止まらない
自称天才達は揃いも揃って行く先も知らず……
手の平にある石ころが自分だけの試金石であるとか、
ないとか、
議論、そしてまた議論の自己完結
誰が捨てたかも知らず
成分分析さえしない
タングステンだぜ!
蛋白質と水
速度のある世界では光には勝てないよ
くらげは何故に海を漂うのか
三次元から二次元へ 戦火は確実に消耗させ、奪い合い、また自己完結
ヒヤシンスが花を散らすまで待てない
待てない……?
ヒヤシンスがきみを待っているかも知れないぜ!
生臭い信念の肥満体から離脱して、
自由に味わえば敗北感に負けてしまう
そう、敗北感に負けてしまうんだ
自己暗示の自己完結
くらげは明日を笑っている
日本シリーズをテレビ中継で観戦する。
立浪やら岡島やら個人的に応援している選手の表情から、「あーじゃ、こーじゃ」と胸の内で妄想をし、プロ野球人の野球センスにつくづく感服する。
プロフェッショナルである人は、やはりアマチュアと圧倒的にセンスが違う。
それは打率や防御率の様に数字で記されるものではなく、あくまでも感じさせるものである。
フィーリングだな。
野球フィーリング。
スピリットかな?
ソウルかも? 否、ブルースだったりして?
例えば、素晴らしいドラムプレイヤーは、チューニング時にスネアを一発叩いただけで「こいつは、やるな」と感じさせるものだ。
フィーリングがある。
立浪は格好いい。
バッターボックスを外し、マウンドを見てる姿は「こいつは、やるな」と感じさせる。
バットを構えた時の二の腕なんぞは、思わず息を飲むほどに「気」が入っている。
スピリットだ!
俺、結構テレビ観ながら一人でぶつぶつ言ってしまうタイプです。
すっかり熱をくらったので、放送終了後にクールダウンも兼ねてバイクを走らせる。
すっかり深夜(BS中継は十時半が終了)なので、ヘルメットは省略。
木立が切れる所まで出ると星空が敷かれていた。
今日辺りは新月なのか月は居ない。
バイクを止めショートホープを吹かすと、飛行機が筑波山の反対側へ飛んでゆく。
これから太平洋を渡るのか、それとも成田へ降りるのか。
人も車も通らない二車線道路の真ん中で、オリオンが大分傾いていた。
あぁ、俺は今、とっても自由だ!
場違いに取り残された街灯が浮かび上がらせる俺の影は、5メートル以上に拡大され陽気に踊りだした。
久しぶりにとことん身を焦がす。
体に残ったのは自己嫌悪だけだった……。
帰宅後THE BEATLESの「HELP!」を続け様に二十回位流しながら歌う。
ジョンの青い叫びが、やれた心を修復してくれた。
こんな時、CDって便利だよなぁ。
まぁ、アナログでもシングル盤で何度も針を落とせば良いのだけれど。
今ではすっかり知れ渡っている事だが、この曲の歌詞は本音だったそうな。
あぁ、ジョン……。
天才だろうが、へなちょこだろうが、駄目な時は誰かに頼りたいもんだ。
歌詞だけ読んだら、泣き言言ってすがる女々しさ全開の代物だが、ビートとメロディーがそれだけに終らせないところが素敵だ。
そんでもって『あの声』だからなぁ。
あぁ……ジョンになりてぇ……。
はい、無理です。
誰もなれっこありません。
憧れるのは無料だからね。憧れに留めておこう。
あの荻窪在住のジョン・レノン。
いわゆる「荻レノン」さんは元気だろうか?
朝も早から高速飛ばし、東京の端っこへ。
辿り着いたら根気ばかりが必要とされる本日の作業。
俺、向いてないなぁ。
この部屋の中はメカだらけで不気味だわ。
同行してる連中もテンパっちゃってんのが丸分かり。
変なテンションの上がり方の所為で、ネイティブ言語が炸裂して飛びかう。
文字だけだとそのニュアンスは伝わらないので省く事にするが、カクカクでギンギンの要塞と化した機械室の中と、泥まみれの方言は最高に不釣り合いで、笑っても笑っても底が尽きないぜ!
不思議なのは同じ県民同士でも、微妙に分からない単語がある事だ。
その一部は明らかに方言と云うよりもオリジナル言語ではないかと思われるが、会話なんぞは前後の流れで大意は汲み取れるから、知らない単語(あるいは造語)があったとしても自然と個人個人の中で、意味が作り上げられてゆく。
「今さぁ、〇〇って言ってたけど、どういう意味?」
なんて尋ねる間抜けは居ないもんな。
例えば略語なんかも造語になるのだろうが、方言造語がその辺と明らかに違うのは、通常の意味に+αが付随している点にある。
最近初めて耳にした単語で「ちっぽい」と云うのがあったが、これなんかは「小さい」って意味に「しゃらくせえ」って意味を含んでいる様に思われる。
例題:農家の方から、さつまいもを貰おうとした時に言われました。
「そんな“ちっぽい”の持ってかねで、ここらのえかいの持ってけ!」
意味合いとしては
『そんな屑ぢゃなくて、りっぱなのにしなさいな』
これにイントネーションが加味されて、意味合いが柔らかくも激しくも変化すると云うのがネイティブ言語の素敵なところだ。
勿論、こんな事は各都道府県で大なり小なりありましょうが、これを編纂して辞典の様な物にしたら、面白いだろうなぁ。
しかし何十年生きてきて、未だに年3〜4個の知らない単語に出会うから無理だろうけどね。
そして、実は単語よりもイントネーションが肝であるし。
言葉と云うのは使い用だと痛感する。
ぼちぼちとバイクを解体&修理。
未だサービスマニュアルは手に入れて無いので、バラす段階で何がどこにどう連動しているのかを確認しながらの作業。
また少しづつだが、どうやって駆動し、どうやって変速し、どうやって制止するのかを頭で再確認する。
はやく全快させてやりたいが、技術と知識と経済力が足りないのだ。
今、一番に切望するのは経験値の高いエンジニアと知り合える事だが、望み薄の現状なので自分で新しい扉を開くより仕方がない。
部品を取り寄せている店のスタッフは、もう信用出来ない。否、もう信用してやらない!
彼らは最早バイク屋ではなく、バイク商人なのだ!
愛が無いのだな。
量販店の店員とは、こんなものさ。
こちらが無知であればあるほど罠にハマる様な、商売上手な坊主の能書きに対抗すべく勉強するぞ!
――その2――
妹夫婦が姪っ子を連れて訪ねて来る。
一歳半の彼女は、まだ言葉が出ない。
なんだか……。
一挙手一投足に旋律がある。
惚れ惚れする程に無駄だらけの優美さが、俺の屈折した宇宙波を浄化してゆくようだ。
愛だらけだ。
たまに目が合うと、こちらが金縛りにあう。
無駄な知識から出る能書きに毒づく俺と、無知で無垢なる純粋さに感嘆する俺。
妹夫婦が持ってきたお土産のチョコレートケーキは、抜群に美味しかった。
おふくろさんが電話をかけていた。
俺はテレビ中継観戦中。
「もしもし、〇〇さんのお宅ですか? 〇子さんお願いします。え? あ……お母さんいます?」
いまいち相手の対応が要領を得ないのが、おふくろさんの口調で伝わってくる。
俺はテレビを観ておった。
そして……
「あっ……きっちゃった。ふざけた男だな、まったく(怒)」
ぶつぶつと文句を言いながらも、リダイアルするおふくろさん。
俺はピッチャーが球を放る時の胸の内とは、どんな感ぢだろうかと考えていた。
「あ……ハローォ。〇〇さん? プリーズ〇子」
えぇ……? なんか予想外の展開だな。
「プリーズ、〇子。えぇ……? 〇〇さんのお宅でしょ。えぇ、違うの? だって登録してる番号にかけてるのよ。あぁそう。違うんですね。おかしいなぁ、いつもかけてる番号なのに。本当に〇〇さんぢゃなあい? はい、すいません」
あぁ……。中日の川上ってすげぇなぁ〜。
「ちょっと、△△さん。〇〇さん家は番号変わったの? なんか外国の人がでるのよねぇ〜。教えてくれる。うん。うん。あぁ……3ぢゃなくて2なのかぁ。うん、分かった。」
いよっ! 日本一!

ジョズエが陽の中へ出てきた時、俺の持っている一粒が土へと還る。
顔で笑って心で泣いて、狂言回しの野太さは、時間の中に眠る重さを発展途上地方都市にもばら撒いた。
最後まで消しゴムを使いきった事がありません。
砂消しなんて半分も使った記憶がありません。
3分半の消費される音楽と24分のヴァイオリン協奏曲。
素晴らしいと思うのは、個人的立脚点が明快だと云うところ。
「 LOVE & PEACE 」の名の下に消費される能書きは、水で薄めた牛乳の様な安っぽい自由思想に従事してゆくばかりだ。
沢山沢山笑えばいいさ。
沢山沢山泣けばいい。
「笑わせる」事と「笑われる」事は別次元だ!
全てを晒す強さよりも、全てを包む優しさへ俺は一票投じたいと思う。
――『ライフ・イズ・ビューティフル』を観た感想&雑記
今日の労働を終え早急に家路に着く。
一昨日、ついに走らなくなったバイクを修理する為に。
この二日、母親の自家用車を借りて通勤していたが、そうそう借りてばかりもいられない。
帰りの車中で「はて? 我が家に工具類があったかな?」と不安になる。
あちこちとひっくり返し、父親の工具箱を発見。
8ミリから14ミリまでのスパナが入っていた。これとドライバーがあればエンジン部はバラす事が可能だ。
本田のOHCエンジンは素晴らしく完成されていて、サービスマニュアルがなくとも簡単に理解出来た。
とてもシンプルで無駄が無い。
それ故に修理&整備する「気」が途切れなければ、俺でもなんとかなるだろう。
こうやって少しづつ自分で手を入れてゆく感覚が、すこぶる心地よい。
弛んだ螺旋一本締めてやるだけで、関係がグッと近づいた気がして愛着がでる。
幼少の頃、メンコが手垢で黒光りして風格を増し、そいつを使えば「負ける訳が無い」と思える感ぢに近い。
ほぼ一時間で愛車は息を吹き返したが、まだまだ完治はしておらず、乗り心地はどこかよそよそしい。
取り敢えず走る事は走るので、明日からの通勤は騙し騙し乗るとして、この際一つ奮起しサービスマニュアル&パーツリストを取り寄せて、この手で完治を目指してみよう。
ご機嫌に完治したら、少し遠乗りしてみたい。
追記:父親のスパナがKTCの物だった。これに少し痺れた。なぜかポケットに忍ばせてチョロまかそうとする俺がいたが、こう云った男特有の道具に関する思い込みは、冷静に考えると阿保らしくて笑えるものだ。
この世の沢山の見知らぬ旅人達が、悲喜交々に足跡を刻み地球は回り続ける。
オイラはあちこちと覗きながら、勝手な想像力で二進法をアナログに変換し、笑ったり考えたり感心したりしながら、距離感に無反応すぎる錯覚をまとめきれずに放流してしまう。
無法地帯であればこその真意は、なぜか暗めの中間色を帯びて、底無し沼は居心地が良すぎる。
「表現者」なんて建前は絶対的に信じられない。
小さいもんも、大きなもんも、小さいだけだし、大きなだけだ。
貧欲でいいぢゃない。
求めれば求めるだけ苦しくなる。
本気で全ての訳が分からず、前進も後進も出来なくなってはまた出発点へ戻る。
その時に、はたと気付くのさ。今度の一歩目が前回とは違う方角へ踏み出した事を。
それを百回でも二百回でも繰り返して、やっと自分と他人の重要性に頷け、歴史に納得し、普遍性に敬意を抱き、点と線が結ばれてゆく。
またそこへ精神の夕暮れが、派手に熱を奪い合い、閂を掛けて歯車の歪みを巧みに誘い出すから、面白みは重層してゆき終わるわけには到底いかなくなる。
また出発点へ。
そして第三惑星の前へ「彗星」として立つ時には既に飽き飽きする過去の自分を叩き起こして、そこには居ない有体を晒しているんだ。
からっぽになる日があるのか?
「悟り」をひらけば輪廻が終わると云うが、ならばこの人生もまた満腹続きの飽食巡礼であるか。
自由でも駄目。
不自由でも駄目。
飢えても駄目。
満腹でも駄目。
見抜いても駄目。
目を伏せても駄目。
駄目、駄目、駄目、駄目と書けばその反対も有り。
つまり丸腰、丸裸では生きてゆけない。
だからBeatが必要なんだ。
言葉でなく、音色でもなくBeatがあれば良い。
思考速度を減衰させるBeatがあれば、そこには共生出来る有象無象の宿場が築かれるはずだ。
宿無し達はマイホームを持ちたがり、余所の敷居を跨ぐのが勿体無い気でいる。
大義名分に犯されるな!

「なんて素敵な退屈だろう」
昔の歌謡曲でそんな一節があった。
その歌謡曲はちっぽいインチキに飾られ、毒にも薬にもならない。しかし……
「なんて素敵な退屈だろう」
ここだけ抜き出してみると、気のきいたフレーズだなぁ〜と感心するやらしないやら、いや、します。
孤独。この言葉が連想させるものは暗く寂しいが、上記の様にちっぽいインチキに混ぜて並べてみると、
「なんて優雅な孤独であろう」
なんてな……。
「なんて孤独な悟得だろう」
秋空の下でぽっかりと口を開けた海曜日。
年季の入った自転車を不器用に操る婆さん。
爺さまのはだけた上半身。素肌は日焼けが消える事など無さそうな位に黒い。
みんなが笑ってる。
俺には帰る場所が何時でもある。
彼には無い。
……が、この波間を越えて渡る轟きと同じ。
細々と引く余韻が、触れた者達の記憶に畳まれて、上昇気流を掴み、さす風にのって……
「グッバイ! ソーロング!」
目の前から消えて、胸の内に現われる。
また、谷田川に住む爺さんは車が家だ。
日がな一日竿を立て、食べられる野草を探し、空を見上げる。
「魚たちは頭が良い」
あんたこそが正直者さ!
インテリの裏切りは重い扉に、開錠を許さない暗号を刻んだ。
ポール・ゴーギャンもアンリ・マティスもクロード・モネも、この世にはもう居ないが、確かに存在したと云う証が今も楽しくさせてくれる。
「おっぱいの大きな姉ちゃんと結婚しろ!」
あの爺さんは俺に何度もそう言った。
本名も年令も知らなかったが、だからと云って別段不都合など無い。
「お金 いらない」
嘘だ。
お金は要るよな。
ポール・ゴーギャンもお金が必要だ!
「かぐわしき大地」にもお金は必要なんだ。
一銭も使わずに海を眺めながら、いい形のイシモチを二匹挙げたから給金二重取り。
今日は要らないが明日は必要だろう。
「なんて優雅な孤独であろう」
ちっぽいインチキが、真実よりも意味を持つ事が多々見受けられる。
俺もまだまだケツが青いんだなぁ……。
どうやって社会と、あるいは世界と、あるいは時代とCommitしてゆこうか?
いくら外的刺激を与えたり取り込んだりしてみても、変わらない&変えられない中心部。
しかし、通奏低音も確かに君と共有している俺。
やはり内側をどこまでもどこまでも、深く深く掘り下げては産まれてくる刹那の原石だけが、俺自身を納得させてくれる。
全てを手に入れたい日もあれば、何もかも捨ててしまいたくなる日もある。
アタウェルパ・ユパンキやジャンゴ・ラインハルト、そしてロバート・ジョンソン。
癒されたいだの、救われたいなんて屁の河童。
狂ってしまえば自虐する甘い日々、固定観念は燃えないゴミにだして笑っていたいのさ。
……そうか、旅が必要なんだ!
どんな旅に出てやろうか。
「さすらい」そんな琴音が流れ込むシングルノートの急流と、「ひびき」をたっぷりと含んだステディビートの丘陵が、一望出来る僅か二時間の時間旅行。
周りに居る誰かを誘う為には、現代への偽造パスポートが必要だ。
お〜い。誰か、今、何時だか教えておくれな。
目の前の玉葱と電話の向こうの溜息と、29インチの喜劇。
一体どれが切実な現実なのか?
「背に腹は変えられぬ」
しかし、腹も背負ったものには変えられないだ。
天国と地獄。その対比させる思惑が胡散臭い。
執着心は羞恥心を伸縮させながら、慎み、慈しみ、そして悲しみさえも美化してゆく。
輪廻してゆく性に肉体は慎重さを求められ、異形なる精神は見て見ぬふりだ。
イグアノドンはアテナイの宮殿で、どんな夢を語るかな?
平面の世界で出鱈目に組み替え操作し、捏造に明け暮れる様は最早、終着駅を失った素人版ノアの泥船。
ぶんぶく茶釜、またはフィガロの結婚。こいつを並列でも直列でも無い蘇生術で熱愛させるのだ!
真実なんて足枷は外すが結構。虚実にコンデンスミルクをたっぷりとのせて、彼等の旅は飛び魚みたいに奇妙でかっちょ良い。
また今夜も世界とはぐれてゆく俺。

Caが足りないのか?
秋だね。
色々な秋がある訳だが、どれもこれも当て填まらない今の俺。
やはり、Caが足りないのかなぁ。
もう少しだけなんとかならねぇのかなぁ。
やはり性分だからと諦めちゃうか……。
店の所在が通りから分かりずらいラーメン屋に、驚く程に愛想が良い犬っころが2匹いた。
飛び掛かってくる犬っころの間で、何かを思い出せそうで思い出せない俺。
そんでもって犬っころに人間語で話かける俺。
身の程知らずな口をきく奴に、すぐ手を出しそうな俺。
そんでもって、すぐに手を出す俺……。
だけど、あの犬っころは礼節ある紳士淑女。
俺と同じ姿をしていりゃ、まぶだち、もしくは可愛い手下の可能性が大。
でも、どこか俺より賢そうな眼をしているから、俺が手下になる可能性も大。
利口な奴は曖昧な事を口にしないから気持ちいい。
……ん〜少し違うか。阿保ちんは責任の所在がどこにあるのか誤魔化す言い方するから気分が悪い。
これも、ちょっと違うか。
人間ちゃんは、時に考えている事と真逆の事を口にするから可笑しい。
むしろ離れたかも……。
「こいつは信用出来ない」と思って話をすると、曖昧な結論へ辿り着く事しきりなので、取り敢えず信用して乗っかる自分が哀しい。
あ、これは全然違う!
そう! まず勿体ぶらずに要点を言いなさいな。
そこから答えられる範囲で応えますから。
そんなねぇ、格差社会だかなんだか知らないけんども、俺から見たら大差ないよ。
後ねぇ、駄洒落を言うのは止めなさいよ。腹がたつ程つまらないから!
ぼろは纏えど心は錦。そんな気概を持ちましょうや。
ちぇっ! 結局、愚痴になっちまった。
やだやだ……。
だんご食って寝よう。
やれやれやれやれやれやれやれ。
秋だなぁ。

珍しくブラウン管に釘付けだった一日である。
しょぼい理由の為にとった行動だが、まずまずの充実感を得られたのは幸いであった。
我が家がWOWOWを観られるとは、今日の今日まで知らなんだ。
家族が皆、出払ったところでスイッチオン。
すると川島雄三・監督作品『わが町』に、ぶつかる。
多分、後半へ折り返したあたりから観たのだと思う。
大戦前から戦後へかけての大阪人情劇。
人力車夫たぁーやんの生涯は決して格好良くは無いが、心意気が痛快で気持ちいい。
よれよれの爺さまになっても、啖呵をきって一歩も引かない辺りは最高に楽しいし共感が持てる。
俺もあんな爺さまになりそうな気が……。
遅めの朝食を済ました後は三木聡・監督作品『亀は意外と速く泳ぐ』を観た。
なんだ、これ? くだらねぇなぁ〜と云う程に主題がよく分からないが、主演の上野樹里の外れた演技に恐いもの見たさで最後まで付き合う。
上野樹里扮する平凡な主婦が、くだらない切っ掛けでスパイになり修行すると云う話。
仲間のスパイでラーメン屋が居るのだが
「スパイとばれない様に平凡であれ」
と、美味くも不味くもない、そこそこの味ラーメンを作り続ける。
と云ったナンセンス・スパイ喜劇。
主演の上野樹里もそこそこにかわいいし、そこそこに笑える映画だった。
あぁ、今気がついた!
主題は「そこそこ」だったのかもな。
なんとなく、『ハドソン・ホーク』はパスして一時テレビ前から撤退。
三時からのジョニー・デップ特集観たろと思いながら、雑事をこなす。
『ネバーランド』は見逃したが『妹の恋人』は頭から観られる。
タイトルから『ネバーランド』の方が観たかったのだが、意外や意外。
この映画、俺、好きだわ。
自動車修理工の兄貴が冴えない奴で俺好み。
全編を観てジョニー・デップって結構良いかも? と今更思う俺が居た。
偶然にも三つとも笑える映画だったので、少し軽くなる。
『チャーリーとチョコレート工場』は敢えてパスして、ロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』を観てしめるかと思いきや、父親が毎回観てる大河ドラマと時間帯が被っていたので断念。
父親が寝に入ったところでジョン・ポルソン監督の『ハイド・アンド・シーク』へトライ。
いまいち……。この手の作品でヒッチコックの『サイコ』より面白い物って中々ないよなぁ。
しかし、デニーロは勿論だが、ダコタ・ファニングは良い演技するねぇ。
Balance 完成されたるもの。
不確定多数の感性は、その完成された明暗の内で堂々と歓声を挙げ続ける。
一個人が受け止められる感情などは、ちっぽけなものだ。
小さ過ぎると不平を言い、大き過ぎればうんざりしてしまう。
「生まれてくる時と死ぬ時は一人なんだよ」
そんな言い草で納得する程、完成していませんよ。わたくしは。
「節目」であったり「けじめ」であったりと共有を求められると嫌気がさすのでございます。
さりとて、やれ彼岸だの松の内ともなれば、膝を交えて話し合う気にもなるはなるので、矛盾は従順な影の如く付いてまわり、この身の内と外を出たり入ったりと多忙を極めて、マクロの事もミクロの事も忘れさせてしまうのです。
あぁ、また過去に追いつかれてしまう。
そしてまた新しい灯が灯れば嬉しくなり、一つ消えたと知れば寂しくもなり、そんな時だけ「松の事は松に習え、竹の事は竹に習え」と胸の内に詠んでは、あの大宇宙、捕えようの無い無限の奥行と平坦な表情を携えた思念の故郷へ手紙を送るのだ。
「 ワタシ ハ マダ シンジテ イルンダ ヨ」と。
雨が降るなら降らしてやれ。
十五夜だろうが関係ないさ。
こいつらも、そいつらも、消えて無くなる訳ではなく、何処かでまた上ってゆき何れまた下りてくるんだ。
ただ雨粒のスピードが五感を超えてるもんだから、外側のスピーカーは壊れたまま、内側のボリュームばかりが右回転の限界を飛び越えてゆくのだ。
なんだ、なんだ、なんだ! この暗さはなんなんだ!
月は光っているんぢゃないんだ。
太陽に照らされているんだ。
そして地球が照らされているんだ。
裏の山の杉達も、遠い海のスケソウダラもまるで同じ道理でぐるぐると夢を見たり、歯を噛み締めたり、ワルツを踊ったり、メヌエットだったり、挨拶をして体温を抱きしながら手紙を書いたりと日々是生業の果てに終わりなき、つまりは始まりも無い深呼吸を洩らすのだ。
「 オモエバ トオク ヘ キタ モンダ 」
文字にすればする程、遠退いてゆく様な気がするな。
もしも、何物にも換えがたいある一瞬間を手に入れたら……否、手に入れる事が出来たなら、それは永遠を手にする事と同じだ。
告白します。わたくし、時間を止めた事が三回ほどあります。
本当です。
……う〜ん。止めたと云うよりも「超えた」と言うべきかな。
あの時、俺は宇宙だった。
「自由」って言葉は福沢諭吉・作なんだよな。
自らを由とする。
かぁーっ、痺れるぜ。
俺達にはフロンティア精神なんかお呼びぢゃないぜ!
なんと言っても「自らを由とする」だもの。
FREEDOMとは訳が違うのさ!
俺の歌は全てラブ・ソング。
そう! ブルースは全部ラブ・ソングなんだよ。
「好いた」「惚れた」なんて決して言わないラブ・ソングさ。
瞬間と永遠を行き来するラブ・ソング。
アクロス・ザ・ユニバース・ラブ・アンド・ブルースって訳よ。
宇宙のラブ・ソング。
到達点は「自らを由とする」場所。
だから、出発点は「自らを由とする」日常。
今宵、月は見えないけれど、大丈夫、大丈夫。
俺がいつでも、いつまでも、思い起こして歌ってやるからさ。
お月さんも星達も空の中には居ないので、濡れる心配がないね。