Stray Cat Blues

俺たちにも明日はある!

小さな光と影

2006/09/29(金)


「Jちゃんのお兄さんが末期癌でね。もう、2〜3ヵ月なんですって。だもんでね、病院の先生も手の施しようが無いから退院するんだって。明後日に」

階段から落ちて擦り剥いた傷口が疼いた。

「そうねぇ。自分で痛み止めを飲む位しかないんぢゃないかしら……。入院費と治療費もばかにならないものね。」

………………………………
………………………………
………………………………
………………………………
焚き火をしていたら何かが近くに飛んできた気配があった。
とんぼだった。
よく見ると、とんぼは捕食中だった。
とんぼの頭より少し大きな虫をくわえていた。
俺はとんぼが捕食するところを見るのが初めてだったので、ぐっと近づいて見入ってしまった。
とんぼの顎がもぞもぞと動いていた。
そして、食べられている虫も、もぞもぞと動いていた。

「そうか……。生きたまま食べるんだよな」

食べられている奴の羽が、ぽとりと落ちた。
それでも、食べられている奴はもぞもぞと動いていた。

とんぼの顎も、もぞもぞと動き続けた。

食べるだけ食べたら、とんぼは、ぴゅいと飛び立って行った。

何かが、ぽとりと落ちた。

俺が掻き出した灰の中へ落ちて、消えてしまった。

「生きたまま食べられるって、どんな感じだろうか?」

頭の中には何も浮かびはしなかった。
仕方が無いので、昨夜夢に出てきた女の子を少しだけ想ってみた。

頭の上には沢山のとんぼが飛びかっている。
  1. 山川草木
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私的ギター列伝 その2 出会い

2006/09/28(木)

20060928220936

本当のところは、どうしてだか分からない。
否、憶えていない。
ただ、14歳の頃に松山千春さんが好きだったのは憶えている。「足寄より」と云う自伝を読んだりしながら、『起承転結』などをよく聴いていた。

そして初めてのギターを手に入れたのも14歳だった。
だから、千春さんが切っ掛けだったような気がするんだろう。

「ギターが欲しい」と言う俺が最初に連れていかれたのは、JOYFUL〇〇と云うホームセンターだった。
鍋釜と一緒にギターが天井からぶら下がっていた。
三本ほどね。
あの光景は楽器ぢゃなくて、道具にしか見えないよ。
直感的に「駄目だ」と思い、そいつらは却下。
当時、一番最寄りの都市部、土浦の楽器屋へ。
父親がアコーディオンを趣味で弾いていたので、修理などで利用していたお店だ。
古くさい店構えのその店で出迎えてくれたのは、婆さんとおばさん。
俺、楽器屋へ行くのなんか初めてだもんで、若干緊張したな。
印象深く脳裏に残っているのは、入り口近くの壁に吊されたフェンダー・ムスタング。アメリカ国旗みたいな塗装のやつ。
初めて肉眼で触れたエレキ・ギターはピカピカで、とても手の届く存在では無かった。

「ギターが欲しいんですけど……。」

「はいはい。どんなやつ?」

俺は店内を見回して一本のフォーク・ギターを指差した。

「こんなやつ」

大体、どんなやつも、こんなやつもあるもんかい。全く何も知らずに「ギターが欲しい」それだけなんだから。まぁ、エレキぢゃないのは分かっていたが……。
そしてその後は、指差したギターをそのまま購入。確か値段が一万五千円だった。
幸運だったのは誤ってクラシック・ギターを選ばなかった事。
あの頃、本当に何も知らなかったから、指差した先にいたのがクラシックで、しかも値段が手ごろであったなら、ちょっと音楽歴も違っていたかもな。

そして購入したのが、モーリスの501。
モデル名の頭にアルファベットが付いた筈だが、何だったのかは定かではない。

うきうきです。ガキでしたから、ギターを手に入れただけで人生変わった気がしたね。

しかし、くどいようだがまるで何も知らなかったから、手も足も出ないのよ。
弦を弾けば音が鳴るのは分かるけど、生で演奏してる画を見た事ないし、教則本の存在すら知らなかったからね。

噂ぢゃ、隣のクラスの鯉ぶーが「ギターを弾ける」って云う話だから、まずは奴に会いにいこう。

それが大きな間違いへの第一歩だったのだが……。

つづく。
  1. 山川草木
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私的ギター列伝

2006/09/27(水)

父親が書店で買い物をした際に同封されたと云う小冊子が茶の間に放置してあった。

『フォーク傑作選』

なんで『フォーク傑作選』なの?
大きな煽り文句がこれまた……
「あの頃、あの詩(うた)に励まされた。」
とある。開いて見るとCatch The Musicキャンペーンとある。所謂、促販の冊子なのね。

なんだか良く分からないが、応募ステッカー3枚コース A賞 Martin Acoustic Guitar とある。

ふ〜ん。

ふ〜ん。

あぁ、そぉ……。

どらどら。

マーティンは欲しかないけど、見るのはタダだ。
いやいや、すごいね、どうも。
ティム・バックリーにエリック・ジャスティン・カズ、おまけにグラム・パーソンズも選ばれてるよ!
フォーク云々はさて置き、中々に面白い選出ですな。
とは云え、教科書通りと云えば教科書通りか。まぁ、フォーク「名盤」の冠だからね。
ボブ・ディランは「フリーホイーリン」なのか……そうだろうねぇ〜「名盤」だからね。「名盤」。

駄目だね。どうも悪い癖が出てしまってね。
ほっときゃ良いだべし、こなら冊子。

しかしね、邦楽もまたね。
加川 良さんだの金延幸子さんだのと一緒に荒井由実だものね。

どうなのよ?

大事にするべよ!

それぢゃぁ、つまらないでしょ。

などと、一人でくだらない愚痴を垂れ流しページを繰っていると、松山千春スーパー・ベスト・コレクションの広告が……。

俺さぁ、松山千春さんが直接的な切っ掛けなんだよなぁ。ギターを持ったの。
マーティンなんて全く知らない頃の事、モーリスM―501とか云うギターを手に入れて、何故か最初に弾いた曲が「とりのうた」だからなぁ……。

やばいよなぁ……。

鯉ぶー、が全部悪いよな。嘘ばっか教えやがって!
今、考えたらあいつ全然ギターが弾けない奴だった訳ぢゃん!
ギターが家にあるだけの奴ぢゃん!
そいつに取り敢えず習おうと思って覚えたのが「とりのうた」かよ!

しょぼいよ!

しょぼ過ぎるよ!

しなびた、なすびだよ!

俺は「旅立ち」が弾きたかったんだよ!

……まぁ、もうどうでもいいや。

しかしね、ギターを手に入れてから約一年もの間、チューニングと云うものの存在も知らずに、田舎の子達はギターを弾いて(?)いたのだからね。なんか呑気で笑えるなぁ。それこそ一生知らずにいたら、完璧なオリジナリティーを築いたかもな。

あのモーリス、どうなったかなぁ。
友達にくれてやったら、ごみに出しただなんて……。
「その後すぐに拾った奴がいるから、そいつが使ってる筈だ」なんて……。
愛の無い奴さ。まったく。

あのギターを持って学園病院の屋上で歌ったんだ。
看護士に恋しちまって無我夢中でね。

恋は盲目だな。

渋谷ハチ公前で、何度も出稼ぎの親父や外国人相手に歌ったんだ。
「俺はブルースマンだ!」なんて吠えながらね。

これまた、恋は盲目だな。

そうさ。俺はいまだにギターに恋しちまっているわけよ!
  1. 山川草木
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心を歌えない時は、頭にある事を喋るだけ。

2006/09/26(火)

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昨日の出来事。

夕暮れ。

風がぴゅーぴゅーと吹いていた。
俺とハナヒロは火をおこした。
手荒に剪定した杉を始末する為に。
杉は、ばちばちと賑やかに燃え盛る。樹脂が火に油を注いでいるのだ。
ツネオちゃんが段ボールを持ってきた。
今日のごみか……。俺達はそいつも一緒に火に放り込んだ。

ふと、ハナヒロが呟いた。
「杉と段ボールぢゃ、出る炎がちがいますね」

成る程、気に掛けると同じ炎でも全くの別物だ。

少し風が強い事もあって、落ち着くまでの間、火の番をしているより他あるまいな。
生き物の様にぬらぬらと動く炎を見つめていると、ある考えがやって来て、口元から去っていった。

「あのな、今ちょっと思ったんだけどな、焚き火ってなぜか見つめちゃうぢゃんか。そんでなぜか色々と考えちゃうぢゃんか。」

「ええ……まぁ」

「人が火を使える様になったっつうのはよ、火を見つめて色々と考えたんぢゃねえのかな?」

「……?」

「つまりさ、火を見る、色々と考える。なぁ、火を見る行為が実は脳を刺激すると云うか、脳を活性化させる作用を導いたんぢゃあるまいか?」

「若干、納得出来ますねぇ〜」

――そうか……。若干……か……。
その割りには君の、焚き火を眺めて佇んでいる姿を良く見るぜ!

まぁ、いいか。

しかし、あると思うなぁ。燃える炎を眺めて脳みそ全開説。
獣は火を恐がると言うし、恐がらずに使う様になったっつうのはよ、獣と一線を画した訳だしね。
そして、脳が発達した事で人間は動物からどんどん離れていったのだからね。

えっ? 考えるなら海、山でもいいだろうってか。
勿論そうだが、質が違うだろ。
火はさ、燃えるだけ燃やしたら鎮火して消えてゆくだろう。つまりは実態があるような、無いようなさ……まぁ、物は言い様だけれどもな。

海はさ……と言うよりも水の場合はさ、波であれ川の流れであれ、もうそれは無限のエネルギーだからね。
繰り返される営みだからさ。

山か……あれは森でも大地でもさ、存在そのものだ。
そこにドーンと在れば良いと云うね。姿形は少しづつ変わっているのだろうが、変わらずそこにあると云う安心感。
な! それぞれ眺めながら思考を巡らすにしても、質が違うような気がするだろう。

う〜む……。

今日は陽も落ちたし、この続きは次の機会とするか。

火の用心。
  1. 山川草木
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矢継ぎ早に機会は訪れ、戸惑いはさよならを追越してゆく。俺はますます、気分上々だ!

2006/09/24(日)

20060925000626
耳のずうっと奥の方で鼓動が鼓膜へ息吹を投げかけている。

ドォウ。ドォウ。ドォウ。

波は凪ぎ、雲は切れ、風が甘じょっぱかった。
この漁村は何時も半死状態だが、思わず足が向いてしまう。網やらブイやらが雑多に干されている間を、我がもの顔で海猫達が闊歩している傍で、俺っちは今すぐ全てを手に入れたくて、度を越して視界を膨張させ過呼吸を重ねた。

すると前方の入り江に、俺っちを見据える一人の爺さまが居る事に気が付く。
沖は小さな三角を幾つも浜へ向けて送り出し、太陽の熱を無闇やたらとばら撒いている。その乱反射の真っ只中で爺さまは、船縁に両腕を突っ張り、首を伸ばしながら俺っちが来るのを待つ様に見据えていた。
するすると呼ばれる様に近づいてゆくと爺さまは
「乗るかね?」と声をかけてきた。
俺っちは何故か「ええ……」と、ごく自然に答え、片足を艫に入れるなり一息に乗り込んだ。
舳先は軽快に波を斬り、みるみる内に陸は遠退いてゆく。
「何処へゆくんです?」

「分かっているだろう……」

「とんでもない! 俺に何が分かるというんです。」

「海神様のところぢゃよ」

老練な小舟だけは全てを知っているかの如く、波間を気持ち良さげに押し退け押し退け、回り岬の観音岩まで二間のところでピタリと停泊した。
爺さまはさっきから節くれた拳を海へ浸して、ぶつぶつと口の中だけで何かを唱え続けている。
あらゆる物事はその関係性に依って無限であったり、一度きりであったり、はたまた永遠に無関係であったりするが、そこに意味なんぞを求めようとさえしなければ、自然現象の一環で片が付く。

大きな海と大きな空と小さな舟に二人。
俺っちには今、それ以外の物が存在している事が想像出来ない。
色も音も匂いも、全てが完成されており、その交ざり具合は完璧だ。
尺度や単位や優劣が通用しない此処では、言葉はもう必要ではない。

「爺さま、あんた自身がひょっとすると……?」

爺さまは何も答えない。

俺っちはもう、目を開けている事さえ出来なくなり瞼をそっと閉じたが、それでも海と空とがどこまでもどこまでも続いてゆくのが楽しくて、小さく口笛を伸ばし一人前の海の男気取りで胸を反らせた。

「帰れる場所がある奴は帰った方がいい。帰れないなら、そこをあんたの住家にすればいい。全てを受け止めてしまえば、あんたは幸せ者だよ」

俺っちは、その時まさに幻相の岸辺を行きつ戻りつもんどりうって、初秋の海を夢見ていた。
  1. 山川草木
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No Thank You! No Life.

2006/09/21(木)

20060921235729
オリンピック? 昭和三十九年。つまりは1964年ですか。
学園都市なんて微塵も感じさせなかったでしょうなぁ。
今でこそ、やっと都市めいてはきたけれど、それでも「都市」ってなんなのかわかりませんなぁ。
皮肉っぽく言えば、誰の為の都市なのかも曖昧ですなぁ。

勿論、俺が無学であるからして、知らないだけかもしれないが、地べたなんぞは持ち主次第で天国にも地獄にもなりますなぁ。
まさか、昭和三十九年から開発が始まっていたとは……心底驚き桃の木山椒の木。

「生活」とか「人生」とか歴史から見たら屁みたいなもんですなぁ。
そうすると五十年なんて時間も短いようで、やはり中々に長くもありますわい。
そこから仮に十五で元服したと考えても、三十五年はある訳か。
そこから更に子孫を元服させる為に十五年係るとすれば、二十年残る計算だな。
ま、今現在なら二十歳で成人だから、更に十年引いて残りは十年。
こう考えると立身出世も土地開発も十年勝負、まるで賭博の様でありますな。
賭け金の差が倍率と配当の差に表れてしまうものなぁ。
やはり、資本金が無ければ自分を資本にするしかないからなぁ、時間と云う資産を食い潰さなけりゃ一山張る事もままならないと云う事か。
時間が幾ら有っても足りない訳だよ、まったく。
しかし、これまた、こんな計算をしたところで、ちょっとも腹の足しにはなりませんなぁ。
余程、都市開発の方が世の為人の為に腹を満たしているのでしょうな。

本格的にドロップ・アウトしちまえば、合点もゆくんでしょう。
無論、俺もそんな端くれで在りたいと願ってはみたのですが、精神が貧弱過ぎたようですわ。
だからと言って「偉大なる嘘っ八」に迎合してゆく気も更々湧いては来ませんし、反逆するより致し方無いですなぁ。
体力も腕力も衰え始めちゃいるけれど、「狡」なら負けねえぞ! けっけっけっ!

センチメンタルなんて胡散臭い!
逸話も伝説も後乗せの皮下脂肪だ。
アミノ酸よ反旗を奮え。
そんでもって朝に夕に挨拶しよう。
「ハロー悪魔! そろそろ出かける時間だな」
俺はまた眠るのを忘れ第三の扉を開ける。
アフリカの動物達はなぜに大型なのか?
ホモ・サピエンスが農耕を獲得し、狩猟から解放された時に都市開発が始まったんだな。
極論すれば学園都市も二百万年の歴史の先っぽにぶら下がる、アフリカ起源の地方都市って事だな。
日々、どんどん、確実に現社会と俺様が、撹拌されてリアルにリアルな響きを、二百万年の一眠りから合致するBLUES THINGを掬い取り、歌うのが楽しくて仕方が無い。
  1. 山川草木
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帝釈天の産湯の効能について

2006/09/19(火)

なんとなく『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』を観る。
たまたま茶の間で流れていたから。

のっけから沢田研二さんが登場したので、そのまま最後まで釘づけだ。
格好良いなぁ、ジュリー。
マドンナが田中裕子さんなのが、また色々と微妙だが……。

倍償千恵子さんは素敵だ。
その昔「好きなタイプを芸能人で言うと誰か?」と聞かれ、その名を挙げたら一気に引かれた事がある……。
しかも度々。
男でも女でも、ほぼこの答えにどん引きする。
俺もある時期は意地になってその名を挙げていたが、十代後半から三十代までは間違いなく、ど真ん中でありました。
やはりね、お年を召されてきますと中々に見方と見え方も変わりますから、照準も外れてゆきますが、タイプとしたらど真ん中ですね。

倍償千恵子さんは素敵です。

俺の記憶が確かであれば、相当昔の事ではあるが、倍償千恵子さんが主演で『ふるさと』と云う映画があったはず。
何処かの田舎の青年団が、芝居を呼ぶんだか、自分達で芝居をするんだかと云う話の内容で、倍償さんが仕掛人の役だかなんだか……。
如何せん、小人の頃の記憶ゆえ曖昧なのだが、その映画の最後に倍償さんが「ふ〜る〜さぁ〜とぉ〜、ふるさとぉ〜」と口づさみながら歩いてゆく姿が「素敵だな。この人」と思った最初のきっかけ。

次が『遥かなる山の呼び声』だったかな。
中学の時に三、四回は観てしまった。
あの時の倍償さんも素敵だった。

『男はつらいよ』シリーズも良いけれど、『志村けんのだいじょぶだぁ〜』に出演したのは、意外性も手伝って素敵さが割り増しされていた。

シリーズ三十作目の舞台は九州大分から始まるのだが、倍償さんも確か九州出身だったはず。
福岡だったかな?

俺が直観的に「良いなぁ」と想う子が、ほぼ九州娘である事の根っ子は倍償さんだったのかも?
しかし、100%九州娘にはフラれてしまうのは……なぜ?

……とまぁ、あれこれ考えながらも楽しく拝見いたしました。『男はつらいよ』

機会があれば、シリーズ中で一番好きな『口笛を吹く寅次郎』も、もう一度観てみたい。

竹下景子さんって素敵だよな!
  1. 山川草木
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囁きの輝きは落書きの安らぎ

2006/09/16(土)

だって地球は丸いんだもん。

何かを探している。
何かを求めている。

Or

誰かを探している。
誰かを求めている。

つまりは

何かに誰かに探されて求められている。

地球は丸い。その大前提を覆せない事実を実感すれば、大概の事は楽勝さ。

人間は陸の上を二本足で歩け!
猫達は歩けない場所は歩かない。
決して「歩けない場所は歩けない」ではなく、「歩けない場所は歩かない」のだよ。わっはっはっ!

俺はMEの言葉に無条件で刻まれているらしい。

「言葉にならない何かだよ」
彼は、そう呟いた。

醒める事も可能だし、自失する熱に浮かれる事も可能だが、やはりそれは他者があっての話なのだ。

「地球VS俺」 否、「地球≒君」かな?

その時(Just Now)意識無意識を遥かに超えた、上空に広がる宇宙とはまた別の宇宙から零れ落ちてくるもの。
そいつを両手で掬える瞬間こそが、本当の本当の本当の何かだと信じている。

ここまではMEもYOUも俺も一緒だ。
厄介なのは、そいつをどう扱うのかって事だ!

多分(MEYBE)、己の内にしまい込むより術が無いのではなかろうか?
それは余りにも瞬間で、余りにも無形であり、余りにも「何か」でしかないのだから。
「何か」過ぎると言っても過言ではない!

「何か」ってなんだよ!

「何か」が「何か」であるからこそ、探して求めているのだからして、「何か」は、やはり「何か」でなくてはならないのだな。

迂闊に、その「何か」に名称を付けてしまったが最後、それは別の何か、例えば思想だったり、友情だったり、地位名誉だったり、商売繁盛だったり、王国やら帝国だったり、神様とか奇跡とか宿命とか金メダルとか全米No.1とかトカレフとかノーベル賞とか「人間やめますか?」とか、そこいらに幾らでも転がる全く再生可能な……再製可能かな? 鼻糞みたいなものなんだな。

求めている限り求められているし、探している限り探されている筈だから続いてゆくの!

さらば! 黒々とした詐欺擬いの笛太鼓の夢遊病者。恐竜達は絶滅し、哺乳類は調子が良い。
アルハンブラで待っていろ! 空気清浄器なんか壊しちまえ!
ジプシーやインディアンの口承文化に嫉妬するなら、弘法大師は電報を逆さまに読め。
塩化ナトリウムの純結晶には均整のとれた月の満ち欠けと夜鷹の悩ましさが同居してる。
人生七転び八起き。されど七転八倒の居合い抜きに粘つくのは些か眉唾の進化論。
今、まさにRe―蜃気楼&哀しみの新鋭未来派予備知識。

そんでも、やっぱり駄目な時は、何時でも何処でも構わない。その名を呼んで待っていな。
誰かには分かるはずだから。

だって地球は丸いんだもん。
  1. 山川草木
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含蓄と韻脚、ならびに唐紅の耽り

2006/09/15(金)

「蝶の様に舞い 蜂の様に刺す」
そいつはさぞかし格好良く見えるだろう。

爺さんと婆さんが雨上がりの畔からこちらをじぃと見ていたので、「こんちは」と声を掛けたら深い深い皺を大きく浮かばせながら、零れる笑顔で手を振り出した。

ラブホテルの出入口で出入りする車に舌打ちしたら、「営業妨害だ」と云う事で「損害賠償三十万円」と店主が怒りだしたが、その実はラブホテルの出入口で高所作業車を繰りながら仕事していただけだ。他人の戯れには、狐や狸もその気にはなれない。

収録曲のタイトルを曲順通り覚えており、ほぼ中身も丸暗記状態のアルバムが何枚あるかと記憶をたどったら、たったの三枚だった……。二十枚位あるかと思ったが抜け落ちる箇所があちこちに有り、しかもそこに何が納まるのか納まらないのか? 何の事やら見当が付かなくなっている。
明らかにシナプスが減少、もしくは低下している。
その代わりに体が覚えたものは、割りと消えずに残っているものだ。

「他人は信用しない」
そう公言する奴の与太話や冗談は、十中八九つまらない。

「最高に感動する時ってのは、他者からの発信されたものを受けとめた時より、自分の内側から発信されたものを捕まえた時だな。」
妙法寺川の欄干で、その昔に見つけた落書き。すかしているけど、いかしている。そして、なぜか可笑しい。

小池の爺ちゃん。なんだかスースーする臭いがするなと思ったら、耳の辺りから後頭部にかけてテラテラさせてんだ。なんでも風邪気味で頭痛がするらしく、打ち身なんかに効く軟膏を塗ったくってるって訳。
小池の爺ちゃん、それは多分、使い方間違ってるよ。
でも、なんだか男らしいね。

初めて触れたボブ・ディランは、なんだかふざけて歌ってる様に聞こえた。
なんと云うか
「みぃゃぁー、みゃぁー」
と鳴く、どら猫な感じ。
MTVアンプラグドの「天国の扉」なんか、馬鹿にしているのかと思う位に変だ。
だが、結局はやられちまうのは何でだ……?

「最後はセンスですね」
薄笑いを浮かべて彼はそう言った。美観とか見栄えとかと、あれこれ講釈垂れるけどよぉーぅ、俺の芸術的なセンスを理解するセンスが君には無いからなぁ……。
相互理解が有り得ないのも無理はあるまい。

少年T君によると
「人間は、どんな人でも絶対に嘘をつきますよ。大なり小なりね。つまりは質の問題なんです。僕は良い嘘つきに成りたいです。」
トーベ・ヤンソン「誠実な詐欺師」の結末はどうだったのかが思い出せない。

俺の父親が矢沢永吉と同じ誕生日なのは羨ましいが、矢沢永吉が父親だったりするのは厳しい。
  1. 山川草木
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Mr.なるしまlogic

2006/09/12(火)

「ほほぅ〜、すっかり秋らしくなってきたな。俺の趣味には最適な塩梅だ。うん? 何かって? いや〜空いた畑さ蕎麦蒔いてよ、寒くなっ頃に自分で蕎麦打つのよ。十割り手打ちで旨かっぺよ。何か趣味はねえのけ? はぁ〜ぁ、楽器さやるんだ。俺も昔に少しやったんだっけが、なんだか上達しなかったんだぁ。中学の時だから、四十年位前かぁ。『俺、歌手になりたい』つったら『なるしまぁ、止めとけ。本気でやるには田畑(でんぱた)売るようになっちゃぁど』って先生(せんせ)に言われて止めたっけが、俺も歌が好きで好きで。あの頃は橋幸夫が格好良くてなぁ。橋幸夫と同じ先生に付くべと思って、吉田先生に会いに行った事もあんだよ。んだ、んだ。日立のなぁ。そしたら、先生と一緒に橋幸夫も居てなぁ、折角だからつって橋幸夫と一緒に歌ってみる事になったんだよ。そんでそれを録音してくれてなぁ、今でも大事に持ってんだよ。いや、しかし一曲当たれば一生食えるからなぁ。地方さ巡業してな。中々それが難しんだっぺがよ、先週に土浦で千昌夫を見たんだよ。券をただで貰ったからよ。いゃ〜ぁ、千昌夫も一流だったな、ありゃぁ。満員の客を飽きさせねかんな。ありゃぁ一流の一流だっぺ。エレキもやんのけ? はぁぁーぁ、そおかぁ。エレキは良いなぁ。迫力あっかんなぁ。腹に響くかんな。あれは寺内タケシなんかも一流だな。あれは凄いや。一流の一流だっぺ。そおすっとビートルズの頃は入れ込んぢまったんだっぺ。……あぁ……生まれてねぇか。あれ! あの松、良いなぁ。今の季節は松が一番良い時だかんな。あれ、松を築山の脇さ植えたら格好(かっこ)よかっぺ。……ああん。好きずきだっぺよ。俺は良いなぁ。朝ぁ、早起きしてパジャマのまま一服すんのには最高だな。結婚でもしたら築山、こさえろな。……あった方がいかっぺぇー。朝ぁ、一服すんのには最高だど! ……こないだ鯉釣り行ったんだよ。えぇーかいの六匹も釣って鬼怒川の生簀さ、ほって来たんだ。三ヶ月位鬼怒川で泳がせると身が締まって、うぅまいんだどぉ。鬼怒川は水きぃーれいだかんなぁ。鯉も全然美味しくなっちゃうわ。霞が浦と鬼怒川の鯉では値段が、ちがぁかんな。稲刈りも終わったし、はぁ正月だ。蕎麦打って、鯉食って、言うことないな。なぁ、一年はほんと、あっと言う間だな」
  1. 山川草木
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セント・クレメンツの鐘には染み入る蝉の声が自作自演で刻まれているらしい。

2006/09/11(月)

大空を悠々と泳ぐあの雲を頬張ると果たして甘いのか、辛いのか?

東西南北何処へでも出入り自由故の無法地帯で、聞き耳をたてるだけたてた上で、悶々と胸の内に反旗を掲げる電子家鴨達。

そりゃ、そりゃ。妖怪も精霊も恨みっこ無しで深まる夜の奥底に隠れて待っていてくれる。

意味を持たせるのは「彼ら」でも「俺ら」でも無い。

意味を持たせたい人が茂みの中から見いだして、欲しいだけ持って行けば良い。

「書を捨て町に出よう」

政治さんが「若大将を唄って下さいよ」なんて言うからさ、少し調子にのって唄ったら、疫病神が目の前を裸足のまま逃げていった。
必死になって振り返るのを拒んだり、私記の中へ綴じ込んだりするのも「悲しみよ、こんにちわ」の要領で手早に済ませ、夏草の夢の跡に四分音符五万粒を大放出した忌まわしの大鴉は「幸せ」なんて何処吹く風の手前勝手、体験者と未体験者の重さの差が現実と非現実の間に推し量れない諸行無常の無益な破壊運動、それ即ち振り子の法則的に「問い」と「選択肢」ばかりを投げ掛け「答え」はおあずけだったり、闇の中だったり……。

「すべてはその為」にポール・ゴーギャンがあり、ジミ・ヘンドリクスがあり、森さんだの阿部さんだのがあり、稲荷とか明神とか数々の抜け道が星の数程あるって訳だ。

定義して整理して、やっとこ理解した気になるなんて云うのは、俺に言わせりゃ手遅れだ! せめて五百年分位の共有財産を弾き出し、摘み食いして、汗にして声にして文字にして、血粒に&DNAに保管。「誰が」でも「彼が」でも無い「俺が」もしくは「私が」歩いて行く道端に種を蒔いてりゃ、枯野も荒野もどっこいしょ。花が咲く。

拡声器だの光ケーブルだの衛星だの介さずに、生の空気振動だけで情報が世界を駆け巡っていたのは、それ程昔では無い。

まだまだ眠れない時代は続くようだ……。
  1. 山川草木
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鏡の中にはピーナッツ坊やの微笑

2006/09/10(日)

えらい涼しいです。
むしろ少し寒いくらいです。

「なんだこりゃ?」と言う位に今年は月日が過ぎてゆくのが早いです。

去年の今頃は、ぐらぐらに煮え立つ自己批判の余り汁を吐いては飲んで、吐いては飲んでと繰り返し、消化不良と残暑負けで一日が三十六時間にも感じられたのに……。

どこまでも続いてゆく。

くねくねと曲がり、だらだら捻り、つぅーっと滑り落ちる。

あほ、だな。

あほだれまん、へはる。

へはるれまん、あほだ。

人は誰しも虚と実をひっくり返しひっくり返しして、最後はひっくり帰って行くのだな。
「意志」はあるのか?
人間にはあるでしょうね。
動植物にもあるでしょう。

鉱物には? 

宇宙船地球号。それ自体に意志なるものがあるのか?

仮にあるとするならば、人間は反逆者にもなりかねない。

「ちっちゃいんだよ!」

自分を自分で徹底的に分析してゆき、虚と実を曝け出し、言い訳するでなく、取り繕う訳でもなく、現実に生きている事実と折り合いがつかないなら方向転換して折り合いつけるしかないんだ。
それだけだ。

何一つ意志など無く無垢であれば「罪と罰」もないだろうか?
まるで聖人の如く、茨の道を苦悶の面相で行く事だけが真理を手にする術だとは思えません。

「だから、ちっちゃいんだよ!」

農業とか、漁業とか、林業とかさ、運送業はさすがに違うが、産業は概ね対話と戦いと虚と実と罪と罰の繰り返しのひっくり返しなんだろ。

モーツアルトを今現在評価している人が、モーツアルトと同時代に生きていたとして、リアルタイムで評価出来ただろうか?
危ないのは、情報を評価してしまってる輩もいるっつう事だ!

俺、あほだから中学の時に触れたモーツアルトは恐ろしく退屈だったな……。
意志を以て認識する先に感覚の扉の鍵がある事に気が付くまで、ざっと〇十年だからなぁ。

ここ最近の俺の暴言なる名言。

「俺が地球だ!」
  1. 山川草木
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