・(点)を射つと云うより射たれる。すると人によっては―(線)を引き出すのだが、私個人の知り得る範囲では大体が横軸を作りだす。
そこにどう云った縦軸を作りだすかが、個人差であるがゆえ壁にぶち当たるのであろう。
赤を黒にしてしまう野心。
赤を赤として再認識する憧憬。
縦軸は根幹になろうはずが、執着する野心が横軸を否定しようとするから疎まれてしまうんだな。
極稀に縦も横も関係の無い宇宙的な奴も居るが、視点を引いて眺めれば縦軸も横軸も絶妙に交わっているんだな。
ぢゃぁ何が必要なのか?
あの飛び抜けて行く跳力をどうやって手に入れたのか?
……と、こんな事を考えているわたくしは失格。
最終的には全てが黒になるであろうと云うのが個人的な仮説だが、それは人によっては赤や白や青でもありますから、結局は堂々巡りになりますなぁ。
例えば最初に射つ点をidentityとすれば、歴史や社会性が縦軸。
感情やら感覚、涙やら汗やら裏切りが横軸か。
すると本当の敵は時間なのか?
それ故に永遠の生命を説く奴が現われたりするのか?
四千年以上続いている中国を差し置いて、ヨーロッパが主幹になったのは一体どんなトリックがあったのだろう。
十二音は産業革命の尻尾なのか?
ぐっと身近に開花させたのはアメリカだった。否、否、否、人種や国は問題では無い。
ぢゃぁ、日本はどこにあんだ?
風呂無しの四畳半アパート、裸電球の真下辺りか?
横断歩道を女の子が渡る。
水色のサンダルを履いてスキップしていた。
あの水色は素敵に夏色だった。
「あぁ、良い感じ」
ところが頭の中ではミシシッピーとか云う田舎で唄っているフレッド・マクダウェルの事を考えている。
「生きてるってのは地駄場駄するこっちゃ」
嘘つきが素敵だったり、正直者が素敵だったり、どちらも最悪だったりするのは、万有引力のせいだろう。
なんだか其処は狭苦しく、何もかもが圧縮され濃度も密度も既に限界に達している様な息苦しさだった。
小屋と云う程に小さくなく、家と云う程に大きくはない。
壁の所々にあるモロッコランプが薄茶の灯りを申し訳程度に店内にばら撒き、人やテーブル、椅子などが影なる主張で存在証明を敷き詰めている。
俺はどうやって此処へ来たのだろう?
何の為に来たのかさえ判然としないまま、店内に視線を泳がせ電柱の様に立ち尽くしているばかりだ。
すると、部屋の右手にある年代物のピアノへ向き合っていた男が跳ねる様に立ち上がった。
俺は何故か、すぐさまそいつがアート・ブレイキーだと認知する。会ったことなど有る訳も無く、顔写真すら見た事が無い筈なのに、そいつが薄茶の中から浮かび上がった瞬間にアート・ブレイキー以外の何者でもないと思わずにはいられなかったのだ。
薄明かりの中でブレイキーはゆらりゆらりと影と実像を反転させながらこちらへ歩いてくる。
そして今まさに俺の前を通り抜けようとするその時、
「あんた、アート・ブレイキーだろ。俺の事憶えてるか?」
まるで古くからの友人に偶然出会ったかの様に、声が勝手に喉元をすり抜け、ブレイキーに向かって零れていった。
ブレイキーは眉間や目尻に微かな困惑をちらつかせながら、どこから取り出したのか突然アルトサックスを斜に構え、息苦しくすし詰めになって淀んだいる空気を優しくブロウし始めた。
その心地好い音色に酔いながら「あれ? ブレイキーってアルトだったっけか?」と云う疑問と「鯖の水煮缶が喰いたいなぁ。月花の水煮缶が」と云う思いが交錯して、自分自身の事がよく分からなくなっていく。
音色に酔っているのか、それとも自分に酔っているのか、天と地の区別もつかない程に頭がくらくらし、目の前に居るのがブレイキーであるのかさえも怪しくなっている。
ただ、そんな中でも耳を擽り続ける曲がなんであるのかは驚く程にはっきりとしていた。
聖歌第六百八十七番 「まもなく彼方の」だった。
意識が四方八方に飛び立ち、同時進行で俺を小突いたりつねったり引っ掻いたりしていて、俺は殆ど宙に浮いているかのようだ。
「なぜ、この曲がそれとわかるんだ? 俺はこの曲を知っていたっけかな?」
「なんで俺は此処へ来たのだろう? 此処は日本なのか?」
「アート・ブレイキーとは何処で知り合ったんだっけか?」
「俺は誰だろ?」
その時、ずばっと視界が明るくなり、目の前のブレイキーが俺の知り合いのサックス奏者S氏であった事に気付く。
何時の間にか店内は人が疎らになり、俺は何故か殻付きの落花生を左手に握って目をしぱたいている。
S氏に話し掛けようにも全く声にならず、呆然とS氏の前で他人の様な顔をして立ち竦むばかりだった。
これぢゃまるでC.B.D.症候群だ!
不図、白色の閃光が脳内を走り、冷たい汗が肩甲骨の間を滑り落ちた。
「死んじまったのか俺は……?」
アルトプレイヤーは楽器を口元から離し、締まりの無い笑みをして俺を見据えていやがる。
意味の無い意味深な静寂に包まれ、俺は無性にSからアルトを奪って力任せに吹き鳴らしたくなった。
「さっきのは俺への葬送曲だったのか……?」
果たしてそれが声になったのか、ならなかったのか分からない。ただ両の目に火柱があがり、左手の落花生がポロポロと指の間から落ちていった。
――また、始まるのか? それとも遂に終わるのか?
俺達、誰もあいつの本名を知らないんだな。
兎に角あいつは「俺はKingだ! よろしく」って言うからよ、Kingなんだろよ。
特別に誰も本当の名前を聞いたりしなかったし、そんな事を気にもしなかったんだな。
一度だけ警察にパクられて尋問された時に「野上Kingだ!」って言ってたから、名字は野上なんだろ。
警察は「ふざけるなっ!」なんて言って、怒って何度も下の名前を問いただしたけどよ、「俺はKingだ!」の一点張りで押し通した挙げ句、始末書に“野上King”で署名したってんだからご機嫌だよな。
あの頃は、周りにいた連中みんなが金欠だったけど、それ程お金が入り用な暮らし向きをしてる奴も居なかったし、然程不自由を感じなかったな。
Kingも金に縁の無い男で、我が家へたまに遊びに来る時もバス賃+二、三百円位しか持ってない癖に、西友の安いワインをがぶがぶ飲んぢゃあ、帰りのバス賃が無くて歩いて帰るのがざらだったっけな。
遊びに来る度に、大学ノートに書き溜めた自作の詞を読ませて「最高だろ?」と言っちゃあ、朝まで歌いたいだけ唄って聞かせてくれたっけ。
そうそう、あいつがギターを弾くと、エレキだろうがアコースティックだろうがバキバキのささくれたサウンドで、あの頃はまだグランジだのオルタナだのの新手の潮流が出てくる前だったから、俺は秘かにKingこそがグランジロックの元祖なんぢゃねぇかと思ってんだ。
タイトルは忘れちまったけど、五拍子変拍子のオリジナル曲は圧巻だったな。
Kingにしか描けないし、Kingしか演奏出来ないし、Kingにしか唄えない珠玉のロック・チューンだったっけ。
しかし、不思議だなぁ。
俺達、誰も金に縁が無くて空っ欠だったのに、ギターを弾く手は止まらなかったからなぁ。
誰も彼もが真夜中のカウボーイで、ニューヨークには程遠い阿佐ケ谷のパール商店街を聖者の行進気取りで練り歩き、シュルリアリスムのぱちもんみたいな詩を描いちゃあ、なけなしの三百円で西友のワインの祝杯を挙げ、朝日のあたる家で吠え、Beggers Banquet を囲み、下品に大声で笑っていたっけな。
さてよKing、よもや俺との約束を忘れちゃあいまいな。
早く大金持ちに成って、ギブソンのハミングバードを買ってくれ給え。
下北沢のライブハウスの前で、浩太郎さんが俺に言った。
「あの人、反則だね。本物にしか見えないよ。」
あの人とはボビーの事だった。冗談みたいに大きなアフロヘアーに、冬でも浅黒い肌。
浩太郎さんが言う本物とは「日本人ぢゃないでしょ?」って事らしい。
その場で俺は思わず苦笑してしまった。
なぜなら、俺もその見た目故に「ボビー」とあだ名をつけたのだから。
俺は、そんなボビーが大好きだ!
ボビーは正真正銘の日本人だ。確か長野県出身で、俺より二歳年上だった。
ボビーはちょっと名の知れたバンドの、ちょっと名の知れたドラマーだった。
そしてボビーは、ちょっと素敵にイカレテいた。
俺とボビーが出会った頃、俺はIt's Only R&R で、ボビーはIt's Not Only R&R だった。
井の中の蛙大海を知らずの俺は、ボビーのバンドをどう形容していいのか分からない。
本人曰く「ハードコア」ってやつらしい。
兎に角、危険なバンドである事は間違いないのだ。
そのヤバさは、百聞は一見にしかずで実際に観ない事には分からないが、無理矢理説明すれば、暴力的では無く、破壊的。
それも身体では無く、精神を壊してゆく感じだ。
まぁ、兎に角、イカレテいるんだな。素敵に。
凡そ、うっとりと聴き惚れると云う音楽では無く、自我を絡み取られ、噛み砕かれて吐き捨てられてしまう。
「これは、一体なんだろう?」
と思う間に、荒波で沖へ沖へとさらわれてしまうのだ。
そんなボビーの好きな音楽が、ビーチボーイズだって言うんだから適わない。
あの麗しき西海岸の、精神を高揚させるメロディー&ハーモニーにうっとりとするって言うんだから、イカレているけどイカシてやがる。
俺は、そんなボビーが大好きだ!
一度だけボビーに「俺と一緒にバンドやってくれ」と頼んだ事がある。
すると「やだっ!」と即答で断られた。
理由は「ブルースを好きな奴は面倒臭い」だった……。
俺は、そんなボビーが大好きだ!
ある時期、同じ職場で働いていた時の事。
とある公園で二人一緒に昼食をとっていると、
「ビュルッ!」
とボビーから怪音が発せられ、暫く後にドブの様な臭気が俺の鼻孔を襲ってきた。
顔を見合わせる二人。
「ごめん……。」と言うボビー。
「これ、気体ぢゃないものが出てないか?」と俺。
「ちょっと湿っぽいけど、大丈夫だった……。」
……そんなボビーが大好きだ!
もう、かれこれ十年位会っていないが、達者でやっているだろうか?
また一緒に「Don't Worry Baby」を歌いたい。
今日久しぶりに、セイコーマートでボビーが大好きだった「激めん」を見たら、俺は色々と思い出しながらビーチボーイズを口ずさんでいた。
Don't Worry Bobby!!
記憶と云うものは、手前勝手に処理されている事が多々ある故、複数で照らし合わせれば正確な描写も浮かび上がるが、得てして個人個人で記憶の中に切り取る瞬間は差異があるから、見方も違えば感じ方も違うものだ。
そんな事は当たり前か……。
どうやら、他人から見ると俺は思い込みが激しいらしく、かなり自分に都合良く過去を捻曲げているらしい。
まぁ、それはそれとして……。
先週、否、先々週位からか、ある歌が日に何度か頭の中に浮かんできては、ある場面を呼び起こしている。
その歌のタイトルは全く憶えていないが、歌詞と節は八割方するすると出てきた。
その歌は然程俺にとって重要では無いのだが、それに伴う記憶が喪失感を強く抱かせる。
あの黒でも白でも無い表情と、実像をはっきりと存在させながらも手にとる事の出来ない透明感が、他愛のない歌を一段高くして、それこそ今一番取り戻したいものを俺に確認させるのだ。
手遅れなのは重々承知なのだけれど……。
しかし、安易だ。常識ある決断とは薄っぺらいものだな。
非常識なる残酷さを賛美する訳にはいかないが、、、……。
止めよう。
今はどうにもならない。

ほらほら、あの逸話にあるぢゃんか。
真夜中の四辻で演奏してると「奴」が現われて、右手を差出し取り引きが成立するなんて伝説がさ。
俺なんて鼻糞みたいなモンだけど、一人前気取りで風斬ってたからさ、一つ取り引きして貰おうなんて具合でよ、四面道の四辻で演奏したんだよ。
丁度、台風が接近してるなんて言う土曜日でよ、生温い風がべたべたとまとわり付いてギターの音も冴えなかったな。
あの伝説ぢゃ「真夜中の」って話だからよ、十一時半位から始めたっけな。
え? 勿論、誰もこないさ。俺だって「奴」が来るなんて本気で思っちゃいなかったしな。
ただよ、その……所謂、一つの儀式としてさ、取り引きしてでも手に入れたい事を表明したかったんだろうよ。
仲間内の話題としても最高だろ?
だけどよ……。
ここだけの話だけど、
恐らくは、成立しちまったみたいなんだよ……。
しかも、中途半端にな……。
もしかすると遠い異国の伝説だしな、何か取り引きするに充たって必要な物があったんぢゃねぇかと思うんだな。
兎の足とか、木の根っ子とか、黒猫の骨とかな。
なんでも、取り引きが成立すると寿命を呉れてやらなきゃならんと云う話だけどよ、俺は右手を差出してないし、それどころか「奴」も現われてないだろう。
特別、演奏技術が飛躍する訳もないわな。
ぢゃぁ、なんで中途半端に成立しちまったかって言うと、
理由もなく恋い焦がれちまってるのさ!
これは冷静に客観視したら異常だぜ!
南極で水着姿になって、冷え冷えの西瓜に噛りついちまう様なもんさ。
そして、正に絶体絶命のその時、にやりと笑いながら命乞いをする卑屈で不屈な二つの塊を、天秤で際限なく欠陥品であるのか? ないのか? 昼夜問わずに繰り返す道化の仇花宜しく、「好きだ」「好きだ」「好きだ」と熱病にうなされ、滑稽病感染者が夢遊病の亡霊を一人二役で演じてみたり、観覧したりしているんだよ。
ほらほら、また台風が接近してる。
また、あの時と同じ曲を弾き出してしまう。
いつまで「好きだ」と唱え続けるのか?
これは呪いか? それとも救済か?
愛情を超えた愛情と、愛憎の様な執着。
いっその事、寿命を奪われて成立しちまえば、今頃、宇宙の果てで握手しているのだろう。
そんなもの、望みはしないがね……。
パラノイア・シンドローム・シンジゲート達は今宵、どんな夢を見るだろうか?

遠い遠い昔の事、人生は五十年位で、大自然の前では人の力など微々たるものな頃。
風が吹けば飛ばされてしまい、雨が降れば流されて、日照りが続けば干上がってしまう。
何処から来て、何処へ行くのか分からないのは勿論の事、今現在、何処に居るのかすら分からない。
しかし、だからこそ太刀打ち出来ない事象に畏怖を抱きながら、生きている事に感謝して「信じる力」で開拓、開墾したのだろう。
そう、荒涼たる荒野、もしくは鬱蒼と繁る森林では、何の保障も有りはしない。
その中で
「明日、死ぬかも知れない……。」
ではなく、
「明日が、あるだろう」
と思える、信じる力が必要なのだ!
あらゆる物を細かく分析し、理論付けて考えれば必然であるかも知れないが、無限大に大きく考えれば、それら全てが偶然でしかない。
太陽系だの、地球だの、日本だの、人間だのと云う事に理由などあるのか?
文明が肥大し、情報が秒速で世界を駆け巡る様になっても、人間の想像を超えた自然現象に太刀打ち出来ないのは変わらない。
それどころか、自らの暴走の一つ一つに保護法やら、禁止令を設けなければ、やれ環境問題だのと余罪を増やしてしまい、長く生きる程に怯えて暮らさなくてはならない始末だ!
未来を信じる力は、過去を信じる力だ!
その土地、土地の物事一つ一つにまつわる神様達には、偶然の必然が生んだ理由がある。
百年、二百年の話どころか、千年、二千年も昔から続いている物語もある。
全知全能の神様はさて置き、元々は身近に在った神仏達には素敵で残酷な物語が有り、それら一つ一つが未来を指し示していた筈だ。
そして今、人間の寿命が八十年位になり、ある程度の天災を逃れ、効率も良く、保障もある社会に身を置いても「何処から来て、何処へ行くのか分からないのは勿論の事、今現在、何処に居るのかすら分からない。」のは同じなのだ!
これは一体どう云ったトリックなのか?
正に浮き世とは言い得て妙なり。
そう、未来を開拓してきたのは文明ではなく、未来を信じる力だったのだ。
そこに変わらずに在る物達。
それらがひっそりと、未来を信じる力で指し示している。
後は我々が気付くだけなのだ。

たくちゃんは何時でも上目使いで睨むように見つめるから、少し恐いなぁと思ってたよ。
ゴキは、そんなたくちゃんにとても優しかった。
洟垂れで生意気な糞ガキの馬鹿ちんな俺は、たくちゃんが訳有りなのを知りながらも、今一つ受け入れる事が出来なかった。
たくちゃん、ごめんよ。君のイノセントな部分は生まれた時のそのまんまだったんだよな!
誰だよ? 平べったい見方で正誤の陣捕りをするように括るのは!
猛々たる硫黄の臭気漂う裸の山の頂きで、何の気なしにまぶちを閉じたら、浮かびだしたのは自分自身だけが憶えているチクチクする時計の針先。
あれは素敵に夏だった。
富士山の氷穴の奥で、俺は初めて蝙を見た。
あの時、たくちゃんは何処に居たんだろう?
あすなろの里では一緒だったかな?
どこまで遡って探してみても、明確には甦っては来ない。
ただ、上目使いでこちらを見ている。
ゴキは辛抱強く何度も俺を諭したに違いないが、天動説と地動説の違いに気付けない夏の狂騒曲の刹那で、俺は期待を裏切ったんた。
「人間の絆」ってなんだろう?
今更ながら、そこへ立ち返って考えてみなくては、自分を否定する破目になりそうだから情けない。
信じるしかないだろう。
盲目的に。
それは、もしかすると「神頼み」に近いのかも知れないが、宗教と云うものとは別の話だ。
しかし、信じる行為が難しいと感じる世界とは、なんとも悲しい物語だろう。
「そうだよ。毎日、中国の工場で十万個のたこ焼き造るよ。それ全部、冷凍して日本に来る」
ははぁ……なるほど。それだけ日本人がたこ焼き食べてる訳ですね。
「多分、その靴もメイド・イン・チャイナだよ」
えっ……? あらまぁ、本当だよ。
「そのシャツもだよ」
どらどら……、間違いねぇ。中国製だよ。
「みんな、中国。今、八十パーセント日本人、上から下まで中国よ。」
まさか……? パンツもかな?
はい。しっかりパンツも中国製だよ。
「そうだよ。日本、中国の物、一杯、一杯だよ。だから、私も何か日本で新しい商売するよ。」
ふぅ〜ん。日本は商売するには最適なのかい?
「みんな、知らないからね。中国、もっともっと良い物一杯、一杯あるよ。私、考えるよ。血糖、下げるお茶があるよ。日本人、糖尿病多い。これ、いけるぢゃないか?」
いけるかもな。
「本当、日本人、おもしろいよ。私、ゴルフ場でもバイトしてた。私、体でかいでしょ。だから、お客さん、みんな言うよ『研修生でしょ?』私、最初、正直に答えてたよ。『違います』すると、みんな、態度変わるよ『おい! アイアン持って来い!』ある日、私、嘘ついたよ。『研修生です』するとお客さん、みんな言うよ『いいです。いいです。自分でやりますから』私、何もしなくて良いよ。とても楽ちん。」
……なるほどね。
「とても日本、楽しい。」

おぉーい! 待っておくれよ。
そんなに慌てて傾いて、朝を連れ込むのは止めてくれ!
夏の月は姿を消すのが早い。
今はまだ、かろうじて窓から伺えるが、それでも大分下界に近い所で、優しい顔してこちらを見ていらっしゃる。
それに較べて太陽の奴ぁ、圧倒的な力強さで人の事を炙るだけ炙って、時間が来ればそ知らぬ顔してお寝んねさ。
まったく、親方日の丸だよなぁ。
それでも、その力強さも、そして優しさも必要不可欠なのです。
田舎の山間の町で汗を流せば、訪れる家々でお茶が出され、もろこしやら、胡瓜のおしんこやら、饅頭が振る舞われる。
通りがかりの人は必ず、
「ご苦労さま。」
と労ってくれる。
これも社会だ。彼の地とは大分違う。
人口密度も情報量も極端に少ないが、赤の他人も少ない。
選択肢も少ないだろうし、食べるのに困ったり、絶望感を抱く人も少ないだろう。
『住めば都』
そんなに簡単な事でも無いのだろうが、山川草木に拒まれず暮らし生きてゆくには、この位の人口密度が適切なのかもなぁ。
……と思いながらも、やはり都へ向かう俺の靴。
何処へ行っても何かが足りない気がするのは、結局俺自身に何かが足りないのだろうなぁ。
重症だ。
今現在、幾ら耳を澄ましても、心踊らす時の音が聞こえてこない。
力強さと優しさの間で立ち尽くすだけなのか?
最近少し、ほんとにほんの少し、「俺、気が狂ったのかな?」と思う事が、しばしばある。
無い物を有る物には出来ない。
重々分かっている筈なのに、見失ってしまう。
目と目を合わせて笑って居られれば十分なのに、視点が定まらない時間が幅を効かしている。
信如もホールデンも何処へ行ってしまったのか?
谷川さん、「透明な過去の駅の遺失物係」はどちらですか?
絶えずエンジン音は目には見えないが、確実に余白を塗り潰していて、呼吸をするのも汗をかくのも肩身が狭い。
しかし、今は何も言わずそっと、この目を閉じて。
忘れたものは忘れたままに 夜に溶かしてゆく。
久しぶりに月でも眺めてみようかと、単車を止めて小休止。
敢えて考え事などしようとせずに、まぬけな顔もお構いなし。公園のベンチで一服。
じぃーっと、見つめちゃ失礼だから、視界の中程に据える感じで眺めていると、ローラーブレードぶら下げて、男三人組が登場。
それほど意識は向けなかったが、無遠慮に交わしている会話が丸聞こえだ。
昨日の試合の感想だろう。
今日は似たような話を方々で聞いた。
俺は試合中継は観戦していないが、第三者とは残酷なものだなぁ、と思った。
その瞬間だけで全てを簡単に評価してしまうのだもの。
過去に何人かの『プロ』ボクサーと知り合いだったが、心底、かなわないなぁと思う事度々。
それは殴り合いしたら負けるなんて話では無く、試合当日まで自分自身を造り上げる気力と体力の搾り出し方が恐れ入るのだ。
実は、中にはショボい奴もいて、案の定試合もショボかったりするのだが、それでも殴られれば痛いし、顔形も変わる事覚悟でリングへ上がって行くのだから、それにしても相当なものだ。
初めて友人の試合を生で観た時、生々しく、そして痛々しく響くパンチの音にやられて、俺は腹が下っちゃったっけ……。
喧嘩とは違うんだ!
そこが、また過酷なところさ。喧嘩なら「やばい」と思ったら負けちまえば良いだけの話さ。
徹底的に殴り合って白黒つけるんだぜ!
素人同士なら、どちらかが死ぬ話だ。『プロ』同士だから、辛うじてスポーツとして括れるのさ。
だって、やっぱし殴り合いだからねぇ。
しかし、観客やテレビ観戦した人達が、感想を自由に言って何が悪いかときかれれば、何も悪くは無いのだけれど。
つまりは『プロ』になって尚且つ『チャンピオン』になるなんてのは、そう云った無遠慮な者も背負う覚悟が必要なんだろう。
俺は好きだな。亀田。
夢なんて理路整然と組み立てられるもんかい!
詭弁で大いに結構さ!
騙されたなんて文句を言うまえに、誰もが騙されてみたいと思ってたのでは?
実力が無かったら、詭弁は詭弁でしかない。騙す前に騙されたいと誰も思わない、だろ?
俺は試合を観てないけれど……。
短波放送独特の潰されてザラついた音。
夕暮れと云う昼でも夜でもありゃし無い、気もそぞろな時間帯。
日本、関東地方で八月と聞いて予想される空気。
何かを考えているような、考えていないような……。
疲労感による半人前の分身を背負って、トシオは右手だけでハンドルをさばきながら、三車線道路を右へ左へとすり抜けアクセルで調子をとった。
ダッシュボードからハイライトを一本抜き取り、大きく一つ吸い込むと、野暮ったい夏の空気に吐き捨てながら、
「まったく、どいつもこいつも……」と、ぼやいてみる。
別段、どいつにも、こいつにも具体的な対象はなかったが、今は誰にでも毒づいてやりたい。兎に角、誰かのせいにして、この倦怠感を正当化したいのだ。
誰にも打ち明けた事など無いが、トシオにも未来への展望がある。しかし、その道程のどの辺りに居るのかさえ、トシオ自身分からなかった。
その苛立ちと不安感と、そして背に腹は替えられない故の時間の経過が、焦燥感を募らせるのだ。
「どうにかなるのか? それとも、どうにもならないのか? どうにもならなけりゃ、どうなるのか……? まったく、体中には泡立つ程の力があるのに、俺はまたタイムカードを押して腹を膨らませたら寝ちまうんだ……」
短くなったハイライトを力任せに灰皿に押し込むと、アクセルを一層強く踏み込んだ。
すると、所在の分からないハッチのモノラルスピーカーから、巻くし立てるDJの声と共に、狂暴なギターが響いてきた。
「WHOのSUMMERTIME BLUESだ!」
トシオは夢から覚めた様に身を起こして、両手でハンドルを握り直した。
一聴して正気の沙汰で無い彼らの演奏は、ガツンガツンと手当たり次第に粉微塵としてゆき、気がつくと声に出して一緒に歌っている自分がいる。
トシオは無性に可笑しくなった。可笑しくて可笑しくて堪らなくなり、終には大きな声で笑いだしてしまった。
「こいつら、馬鹿げてる! 本気で冗談みたいな事やりやがって。」
トシオはTHE WHOの演奏に合わせて全てを笑い飛ばしてしまうと、軽快にハンドルを右に切った。
夏はまだまだ、これからだ!